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第2話
誠一の自宅まで赴いて、到着したから外に出てこいと連絡を入れる。マンションの前で刃物を抱え、憎き元恋人が出てくる時を狙って女の子が身を潜めていた位置は既に把握していた。誠一が玄関から出た瞬間飛び出してきた女の子を受け流し、手を掴んで包丁を取り上げることに成功する。持参した竹刀は使うこともなく、女の子の説得は女癖が悪く浮気性なぶんコミュ強の誠一に任せることにしてさっさと退散した。
俺はあんたのボディガードじゃないって何度言えば分かるんだ。貴重な趣味の時間を潰してくれた年上の友人を恨みがましく思いつつ、上りの電車に乗る。家まで十五分、今二十一時だから明日の準備して、睡眠時間から逆算すると残り四十五分か。ギリVシネは見れないから夏映画のDVDにしようかな。
電車に揺られながら、車内電光板の到着駅表示を睨みつける。睨んだところで電車がスピードアップするわけでもないのだが、急く気持ちが抑えられないのだ。
ふとその時、視界の隅によく見知った四角いものが入り込んできたのに気付いた。電光版から視線を外して足下を見遣ると、そこには戦隊モノの変身アイテム――シリーズ最推し、二〇一三年放送神星戦隊アルカナファイブのチェンジャー「アルカスロット」が落ちていた。
まばらな車内、落とし主はたった今この車両の扉に歩いていったオレンジのパーカーを着た男で間違いない。
足下のチェンジャーを掴んで、男を追って電車を降りる。自分の降りる予定の駅のひとつ前だったが、これは今手渡しておかないときっと彼も後悔する。もしこれを落としたのが自分だったらとても悔いて終着駅まで電話をかけたくなるだろうけれど、学生ならまだしも社会人だと世間体が気になって駅へ連絡する勇気が出ないかもしれない。そう思うと、今手渡すべきだと感じたのだ。
夜間は無人駅になる小さい駅舎を飛び出した。営業時間外で閉まっている店ばかりの並ぶ道は暗い。線路沿い、ほとんど月明かりだけを頼りに、辺りに先ほどの男性を探す。下りの方向に、夜闇にくすむオレンジ色の背中が遠ざかっていくのを発見した。
駆け寄って、その背中へ手を伸ばす。
「すみません! これ――」
瞬間、目の前の背中が不自然に縮まったのが分かって思わず手を引いた。振り返るには大きすぎる動作に一歩退き、咄嗟に背負ったままだった竹刀を袋ごと構える。
振り向きざまに繰り出されたのは振りの大きな回し蹴りだ。竹刀袋で受けようとしたところ、勢いのついていた脚が直前で止まった。
「ん、悪い。挑戦者じゃないのか」
「いえ……あの」
挑戦者? 自分だって若干遅めの中二病入ってることは自覚しているが、男も男で発言が意味不明である。
「……落としましたよ、これ」
「あ!」
電車の中で拾ったホビーグッズを手渡すと、彼はぱっと表情を変えた。暗がりながら、照れくさそうな笑みが見える。
「さんきゅー、いつのまにおっこちたんだろアルカスロット」
チェンジャーは彼のパーカーのポケットに無造作に押し込まれた。それではこれで、と踵を返そうとしたところで、彼が「なあ」と話しかけてくる。
「ところでおまえ、何か格闘技とかやってる?」
「……格闘技っていうか、一応、剣道なら」
「ああ、それ竹刀か! やっぱそっかー」
いきなり蹴られて驚きもしない目も瞑らないって、すげえ度胸だなって思ったから。一人で勝手に納得している目の前の男よりも、彼のその声がどこかで聞き覚えがある気がして首を傾げる。
知り合いか。どこかで会ったことが? いや、それはない。けれど、結構最近聞いたような。最近というか、わりと毎日聞いているような。
「落とし物届けるために追っかけてくれたのに、蹴ろうとしてごめんな。じゃあな!」
にかっと笑って、彼がこちらの頭を軽く撫でていった。
立ち去るその後ろ姿が見えなくなってようやく、止まっていた思考が動き出す。
あの笑顔。自分はよく知っている。思い出した。知り合いかもだなんておこがましい。あの人は。
当時に比べて髪の長さが変わってたからすぐには分からなかったけど、神星戦隊アルカナファイブレッド役の。
七星元気だ!
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