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第22話 (後日談 書き下ろし分)

 例の騒動から数日が経過して。手渡されたそれは、どこからどう見ても鍵だった。 「とりあえず、俺なりの誠意? って感じだ」  押しつけてきた彼はというと、画面越しに見る笑顔の数倍素敵なキラキラスマイルでにかっと笑っている。 「……あの、これは」 「見りゃわかるだろ? 鍵」 「鍵ですね」 「宗太が選んだ部屋の鍵」 「ああ、あの掃除しやすそうな……」  デザインが面白いこともあったが、部屋の角という角がほとんど丸く作られていて埃掃くのがラクそうだ、としみじみ思っていた部屋だった。  憧れのヒーロー、七星元気に部屋選びを頼まれたその時はまさかこんなことになるなんて思ってもいなくて、あの時は単純に「自分が住むならこういう部屋だと便利かも」くらいの感覚で意見を述べていた。 「だから、あの部屋の鍵。宗太の住みたい部屋だぜ」 「いや、俺が鍵持ってってどうするんですか。あれは元気さんの部屋探しでしょう」 「俺も持ってるって。伝わらねえなあ……合鍵だよ、合鍵」 「あい」 「ん」 「かぎ」 「おう」  あいかぎってなんだ。あいかぎ。AIKAGI。spare key? extra key? ……ファッ!? 「な、なんで俺に……」 「なんでって、恋人とは一緒に住みたいじゃん?」  動悸がしてきた。不思議そうに首を傾げる彼と見つめ合うこと数秒、長かった沈黙のすえ彼があっと声を上げた。 「ああ! そっか悪い、俺まだ恋人未満だったな。よっしゃあ、毎日口説きに来るから覚悟しとけよ!」  勝手に納得して勝手に宣戦布告してくる彼はやはり人気の特撮若手俳優だけあって顔が良い。何度見ても顔面偏差値高いなうん。若干現実逃避しかけている。 「かっこわるいとこ見せちまって、幻滅されて別れた恋人により戻してもらいたいわけだから、そりゃ挽回しなきゃだよな」 「幻滅なんて……」 「ん、宗太が俺のこと嫌いになったわけじゃないのは知ってる。俺は宗太のことが大好きなんだって、おまえにちゃんと伝わるまで俺が言い続けたいだけ」  そう言って鍵は半強制的に押しつけられた。彼に恋をしているのは確かだと思うのだけれど、こちらとしてはどうしても長年の追っかけ経歴が拭えず半分ファンのような感覚になってしまう。推しに部屋の鍵手渡されたら何のドッキリ企画だとつい身構えてしまうのは仕方ないだろう。 「仕方なくおまえを選んだみたいに思われたら、心外だし?」  でもその、こうやって愛しさのにじむ表情で微笑まれたらそりゃあ、そのへんのことはすっ飛んでときめいてしまうのも仕方ないわけで。  うっかり反射的にはい、と答えてしまったその時は、まさか平穏な日常にひと騒動起きることになるとは思ってもいなかった。  あの日元気とうまくいったことを報告したのを最後に、誠一とは連絡が取れなくなってしまった。  報告の際に、ちょっと野暮用でしばらく恋愛相談には乗ってやれないと言っていたので、社会人には社会人なりに都合というものがあるのだろう。  クラスの女子の噂によると、誠一らしき外見のイケメン男性が土木作業でもしてそうな中年男性と一緒にいるところを見たという子もいるようなので、十中八九仕事絡みだ。土木とは無縁の職業だったような気もするが、あまり気にはしていない。各方面に恋愛関係で恨まれていそうなので、イケメン男性の他殺体でも見つかったって話になったらほんの少し心配はするかもしれないが。  誠一と二人でお膳立てしたうちのひとつであるオーディションには、ちゃんと元気は受けに行ってくれたらしい。  結果的には受けた役とは違う配役になったようだが、福島とまた同じ舞台に立てることを喜んでくれていた。特撮俳優がヒーローもの以外の脚本でふんだんに使われる映画、いわゆるヒロネクと呼ばれる企画にも出ずっぱりの彼に思いつきでそんなオーディションまで受けさせてしまったことを後日後悔しないでもなかったのだが、本件についてはよくよく聞いてみると、もともと事務所からも検討の話が上がっていたのを、本人の体調不良でしばらく連絡が取れなかったからお流れになるところだったのだそうだ。  福島のことは、本当にこれでよかったのかと今でも思うことはある。けれど、最終的には当人同士の判断に任せるべきで、自分は彼らの関係については部外者でしかない。  彼らの過去、彼らのこれまでを、知る由はない。自分が知っていいとも思えない。これ以上の口出しをすべきでないことも分かる。彼らが知り合って、夢を語っていただろう頃、こちらはまだ変身ヒーローと合体変形ロボがこの世界のどこかには実在するものだと信じていたような年齢だったのだから。  春休みを目前に、斜め前に座ったクラスメイトが修了式後のホームルームで欠伸をかみ殺す。この陽気じゃ眠くもなるだろう。クラス担任まで、気が抜けているのか他にやるべきことがあるのか気もそぞろの様子である。  今日の予定は特になし。次年度が受験生ということもあって本来出ないはずの春休みの課題が夏冬同様に出されてしまったが、難なく終わる量ではある。休みボケで頭が鈍ると苦労するのは自分なので、連休終わりから二、三日引いた日数で課題を分割して少しずつやることにしようと思う。  急げば一日二時間ずつくらいで終わる量ではあるけれど、少なくとも四時間は机に向かっておくべきのような気がする。何か別にてきとうなセンター過去問でも探してくるかな。数AⅠ、BⅡくらいの範囲なら今習っている分だけでも解けるだろう。数学は適度に頭も使うし、ちょうどいいかもしれない。  授業もなく、前日までに教材は少しずつ持ち帰っていたため鞄は軽い。出された課題の種類と連休中の計画を頭の中でふわっと考えながら校門を抜ける。  帰りにちょっと本屋に寄って、数学の問題集を物色しよう。それから特撮誌も。ネット通販で一冊は確保済みだが、切り抜いて使う分としてもう一冊購入しておきたい。何せ今年は、戦隊放送云十周年記念のためお祭り企画が続いているのである。  本年度は脚本の構成自体がお祭り仕様で、先輩戦隊にあたるシリーズ一作目から順に、今年の戦隊の協力者として二話以降登場が続いている。アルカナファイブが地上波に帰ってくるのはタイミング的に今年の夏ごろになるだろうと予想されているのだ。  そして今回の特撮誌には、過去の戦隊シリーズを見たことのない子供たちやその頃子供だったお兄様お父様方のために以前の戦隊の特集とインタビューがずらりと並んでいる。こんな豪華なものを、自分が一冊買っただけで満足できるはずはなかった。

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