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第21話
福島のもとへ行く彼の背中を見送った。
引導を渡した恋心がぎゅっと胸をついてくる。止まっていた涙がまた溢れてきそうになって、つい人通りの少ない道を選んだ。真昼間から男が泣きながら歩いてる構図なんてとてもじゃないが見せられるものじゃない。
涙で滲む視界に足を取られて転びかけた。もうぐだぐだだ。端に座り込んで膝を抱える。今家に帰って泣きはらした瞼で思いがけず父と遭遇しても気まずいだけだから、どこかで時間を潰さないといけない。気晴らしに付き合ってくれる友人なんて、誠一以外いやしないんだけど。
この時間だと、部活さぼったのもバレちゃうな。終わる時間までどうしようか。あれで心配性の父だから、部活があっているはずの時間帯に泣いて帰ったら悩み事かいじめか体罰かとあれこれ気を揉むに違いない。
泣くだけ泣いて、出し切ったらどこかで顔を洗って帰ろう。誰も通りがかってくれるなよと頭の片隅に考えながら、落ちていく涙の滴がジーンズの膝に染みを作っていくのをぼんやり眺める。
見計らったかのように、誠一からスマホに着信が入ってきた。
「宗太くん、あっち、ちゃんと会えたみたいだぜ」
「ありがとう」
彼に返した礼の言葉は明らかに涙声だったが、誠一相手に繕う必要なんて欠片もありはしないので気にせずぐす、と鼻を鳴らす。
「背中押してきた」
「そうだな。えらいえらい」
通話は繋げられたまま、誠一はしばらく泣くのに付き合ってくれた。
幼い頃憧れたヒーローは幻想で、結局彼は脆くて弱くて、それでもやっぱり好きだった。憧れなのか、恋心なのか、混ざりきってしまったそのふたつの感情は、今どちらに傾いているのか、正直自分ではもう、分からなくなってて。
「大好きだった」
「うん」
ただ、いつもみたいに、きらきらの笑顔でいてくれたらいいなと思う。これから先、その笑顔を見るのが、たとえ画面越しだったとしても。
「……宗太くん、失恋引きずりそうなら、慰めてやろうか? お兄ちゃんの恋の魔法(仮)で」
「恋の魔法カッコカリって……」
「宗太くんがレッドさんを笑わせたかったみたいに、俺だって宗太くんを笑わせたいと思ってんだぜ」
いつにもまして優しい声で語りかけてくる誠一に戸惑う。なるほど確かにこれは歴戦の戦士だと思う。寂しかったり、落ち込んでいたりする女の子に、彼はこうやって声をかけているのだろう。……慰めてやろうというのは、本当らしい。
「駄目だよ、誠一。俺、遊びでなんて無理」
本気の恋、それも初恋だけしか知らないのに、いきなり「寂しいから」で恋をするのはハードルが高すぎる。
「たぶん、本気にしちゃうと思うから、やめたほうがいいよ」
「いいじゃん、本気でも」
からかわれている、ようには思えなかった。
どう答えようか逡巡していると、突然影が降ってきて、真上から携帯を取り上げられた。
「へ」
「あ、ども、お世話になってまーす。誠一さん、だっけ? まだこっちのシナリオ終わってないんで、……宗太かっさらおうとすんのやめてもらえねえかな」
見上げた先で勝手に通話を終了させたその人物は、つい先ほど見送ったばかりの彼だった。
「も、とき、さん」
慌てて袖で涙を拭って、立ち上がる。切電だけにあきたらず、再着信を阻止するかのように問答無用でスマホの電源を落としたうえで返されてしまう。
「あ、あの、これは」
「宗太。さっきのあいつ?」
「えっ、と」
「宗太にアクセサリープレゼントしたり、香水でマーキングしてたやつ。あいつか?」
「ま……、マーキングって、そんな」
「あいつのこと、好き? 俺のことは?」
どういうわけだか分からないが、ひょっとして今自分は、彼に、嫉妬されているのだろうか。
「さっきの「大好きだった」って、やっぱもう、過去形か?」
俺が、このひとに見つめられたら動けなくなるの、たぶん、分かってやってる。逃げられることのないように、こちらの手を掴んで一瞬のうちに抱き込まれた。
「……福島さんは」
いくら人通りがないといっても往来だ。抱き寄せられたことへのささやかな抵抗も含めての問い掛けに、彼が笑ったのが体に伝わってくる。
「「後ろ向きな今のおまえなんてノーサンキュー」だってさ」
「そんなの」
そんなの、きっと本心じゃない。二人が思い合っていたなら、他の誰かのところへ行く相手を黙って見送るなんて平気でいられるわけがない。憧れ半分の自分でも、これだけダメージを受けていたのに。
「ちゃんと幸せになって、いつもみたいに馬鹿丸出しの笑顔振りまいてろって。もういいから、お姫様迎えに行けって追い出されちまった。マジで今宿無しだよ俺」
早く引っ越し先決めねえと。宗太に選んでほしいんだけど、どこがいいかな。
彼の話を耳に受けながら、身じろいで元気の表情を見上げる。
「あの、だって」
「俺は好きだよ。宗太。おまえの中で、とっくに終わっちまったってんなら、最初から口説きなおすから」
情けなくさがった眉で、どことなく叱られた犬のような印象をうけてしまって駄目だ。
こんなの、ずるい。
「なあ。もう一回、チャンスくれねえか」
頷く以外に、選択肢がなかった。
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