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第1話 はじまり
その日、自らが経営するカフェ『ランザ』を閉めた三山晴 は久しぶりに親友の手縞隆二 が経営するBar『ジョーベ』に足を向けていた。
季節は衣替えも始まる10月を迎え夜ともなるとさすがに冷える。街中を歩く人たちもトレンチコートなどを羽織っていた。
今から向かうお店は雑居ビルの2階にあり、男と男が出会いを求めて集まる隠れたスポットだ。晴もそんな人間の1人だった。
そこは間接照明に彩られたカウンターとカウンターテーブルのみ置かれた落ち着いたお店だった。
店主の隆二とは大学に入学した時に初めて出来た友達、松本光輝 が縁で知り合い3人は親友となった仲である。
隆二は大学生の頃から自らをゲイであるとカミングアウトしており、その堂々とした態度に周りからはいつの間にか受け入れられ、普通の学生生活を過ごしていた。その隆二の姿は、必死に周りにゲイであることを隠して生活していた晴にとって憧れだった。
ノーマルである光輝に晴が片思いしている事を隆二に見抜かれて、自分の性癖のカミングアウトを隆二にしても、学生時代の晴はゲイであること世間にカミングアウト出来ず、光輝には殊更その時の晴は隠しつづけた。
そうして学生時代の晴、隆二、光輝の3人の親友のバランスは長く崩れる事は無かった。
店の扉を開けて直ぐ目に入る、いつもの自分の為にリザーブされているカウンター席に晴が静かに座ると何も言わずに隆二は晴の好きなチンザノ・ドライのロックを入れて出してくれた。
「久しぶりだな」
「まぁね~、なかなかこっちに足が向かなくてね」
「お前も枯れたか?」
「馬鹿野郎」
チンザノで喉を潤すと軽口が漏れる。
お互いに36歳になる2人はいろいろな人生を歩んできていた。隆二はその魅力が増し、一層男らしさがましている。
晴が静かにお酒を飲み始めると隆二もいつもの仕事に戻った。
ふと目線を周りに向ければ、2人で仲良くお酒を傾ける者、捕食者、非捕食者の目をして周りに目を配る者たちがいた。それでも、隆二の厳しい目利きによって上質な人間だけが出入りしている。晴はカウンターの2つ離れた席に座る男に視線を奪われた。ツーブロックのショートの髪型で、端正な顔立ちの男はどこか晴に懐かしさを感じさせた。静かに1人でお酒を傾けていたその男も、晴の視線に気が付き、飲みかけのグラスをカウンターに置くと晴に視線を合わせて来た。
不躾にその男は声を掛けてくる。
「お前、幾らだ?」
「っ!」
咄嗟に晴はグラスを手に取るとその男のスーツのジャケットにお酒を掛けていた。
「おい、晴!」
「あっ!ごめん」
晴はグラスを持ったまま固まった。男には隆二が対応してくれる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、俺が悪い。晴、気にしないでくれ」
咄嗟とは言えいつもなら簡単にスルーできる言葉に過剰に反応した自分に晴自身が驚いていた。いきなり呼ばれた呼び捨てでの名前に対しても嫌悪は浮かばなかった。
「すいません」
晴は素直に頭を下げた。その言葉の続きを隆二が引き取る。
「ジャケット、クリーニングしますから冷えるでしょうが脱いでもらえませんか?」
「いや、これくらい平気だ」
「いえ、そういう訳にはいきません」
「僕からもお願いします。クリーニングさせてください」
強く申し出た晴の言葉にようやく男はジャケットを脱いでくれた。シャツ越しでも鍛えて居るのが分かる身体だ。その姿に晴は視線を泳がせた。
「あの、連絡先教えてもらえますか?僕、三山晴って言います」
「ああ、俺は瀬川睦月 だ」
お互いに連絡先を交換したとき視線を泳がせながら話をしていた晴は、睦月が少し目を細めて見つめるような瞳をしたことを気が付かなかった。
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