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第10話 思い

 晴は睦月がエビグラタンを口に運ぶのを緊張して見守っていた。 (人に食べさせるのにこんなに緊張するのは久しぶりかもしれない) 「旨いな、俺好みの味だ」 「ホントに?良かった~」  その言葉に安心した晴は自分も食べはじめた。 (うん、いつもの味だ。睦月の味覚に合って良かった~)  食べる晴の頬が緩んだ。無言であっという間に食べてしまう睦月の綺麗な食べっぷりの良さは気持ちの良いモノだった。 「早いね~」 「旨いからな」 「ケーキ持ってこようか?」 「いや、お前が食ってからでいい」  睦月の気遣いはいつも嬉しい。急いで食べ終えた晴はケーキを用意するために立ち上がった。すると睦月も立ち上がり食べ終えた食器たちを運ぶのを手伝ってくれる。そんな睦月が本当に晴の心を擽ったい思いにさせる。 「飲み物はコーヒーで良い?紅茶もあるけど?」 「そうだな、コーヒーも良いけど今日はケーキをじっくり味わいたいから紅茶をくれるか?」 「了解。砂糖とかはどうする?」 「なしで頼む」 「分かった、じゃ、お湯を沸かすね。座って待ってて」  水道水を勢いよく蛇口を捻って出すと、やかんに水を張り沸かし始め、カップとポットの用意を始めた。お湯が沸き始めるといったん火からやかんを下ろしてカップとポットを先に温めた。そして再び火に戻すと完全に沸騰するまで待って、お湯をポットに注ぐ。茶葉が思い切りジャンピングしないと美味しい紅茶にならない。晴にとって楽しい時間だった。 「お待たせ……」  振り返りラグまで行くと、うたた寝する睦月がいた。 (どうしよう、寝ちゃった。……可愛いかも、寝顔)  いつもの精悍さが嘘のように和らいだ寝顔だった。初めて見られた寝顔に晴の頬に笑みが浮かんだ。その姿に睦月が心を許してくれているようで嬉しくなった。 「睦月?」  そんな睦月は少し声をかけると一瞬で目を覚ました。 (もったいなかったかなぁ~) 「すまない、寝てた」 「大丈夫だよ。疲れてるんでしょ?食べられる?」 「もちろん」  ローテーブルに紅茶を運び、冷やしておいた洋梨のコンポートのタルトを睦月の前で切り分けた。赤ワインで煮たコンポートの色、艶は、晴から見て完璧だった。 「はい、どうぞ。自信作だよ」 「いただきます」  やっぱり睦月の一口は大きかった。ゆっくり咀嚼し、味わって飲み込んだ睦月はフォークを持つその手を止めて晴に視線を合わせてきた。 「旨いな、それに綺麗だ」 「ホントに?」 「あぁ、これはなんの果物だ?」 「洋梨だよ、赤ワインで煮込んだんだ」 「中のクリームとも合ってて良いな。俺は好きだ」  睦月は晴の欲しい言葉ばかりくれる。そして───好きの言葉。 (なに、このドキドキ。胸が苦しい) 「ホントに?」  晴は震えそうになる声を抑えて問いかけた。 「あぁ、ほら」  晴の前に睦月がタルトを一口小さめに分けて、フォークを差しだした。 「な、なに?」 「ほら、あーん」  初めての経験に晴の胸は高鳴り、頬は染まった。目の前のフォークから口に入れたタルトの味は自分が知っているよりも美味しく感じた。 「美味しい、さすが僕!」  あまりの恥ずかしさに晴はおどけるしかなかった。それを見た睦月の顔にも笑顔が浮かんでいた。 「あぁ、最高だ」 (あぁ~、僕、睦月が好きだ)  晴の胸にその思いがストンと落ちてくる。  2回目に会ったとき抵抗が出来なかったのも、メールの返事がなくて落ち込んだのも、ケーキの新作を頑張ったのも、それも全て恋心がさせた事。睦月に初めて出会った時にはもう晴は恋をしていたのだ。 「晴?」 「えっ、何?」 「どうした?」 「何でもないよ。ケーキのおかわりは?」 「あぁ、貰う。でもその前に、もっと欲しい甘いもの貰えるか?」 「あっ!紅茶のおかわり?」  そう言って立ち上がろうとしたところを腕を引かれ、腰を上げた睦月から腔内をひと舐めする口づけを晴は受けた。 「な、何するんだよ」 「甘いキス、ごちそうさま」  相変わらずの悪戯っ子の様な笑顔の睦月に、あからさまに真っ赤に顔を染める晴だった。繋がれたままの腕から感じる睦月の手が熱かった。 「もう、食べないの?」 「もちろん食べるよ」  睦月の言葉とは裏腹にあっという間に晴はラグに転ばされていた。 「む、睦月?どうしたの?」 「色っぽい顔をするお前が悪い」 「えっ」  晴を見下ろす睦月の顔が悪戯っ子から、大人の男に変化した。 「ご褒美欲しくないか?」 「ご褒美?何かくれるの?」 「あぁ」  睦月を好きだと気が付いた晴の心臓は痛いくらい脈打っている。平然と会話を続けられるのも光輝に片思いしていた5年の間に培った賜かもしれない。 「僕の欲しいものならいいな」 「何が欲しい?」 (君の心が欲しい・・・でも、言わない。もう恋愛はしない。怖いんだもう僕は。1人で思うだけなら許されるよね。僕なら大丈夫)

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