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第9話 ドキドキ
晴は睦月の来る時間が近づくにつれてソワソワしていた。
「マスター、今日は楽しそうですね。昨日の落ち込んでいる様子が嘘みたいです」
閉店の片付けをはじめようとしたとき雫からそう声を掛けられた。
「え、昨日そんなに僕顔に出てた?」
「はい。何度も携帯の確認もしていたし」
雫に昨日、携帯を気にする所を見られていたことに晴の頬は赤くなる。サイフォンを片付けながら晴は顔を上げることが出来ないでいた。
「そ、そうか。嬉しそうなのはこれから友達が来るからかな~」
「え、マスターの友達が来るんですか?」
ようやく顔をあげた晴は雫といつもの様に雫の仕事が終わるのを待っている和樹に視線を向けた。晴の思い違いでなければ、和樹は雫に惚れている。健気に雫を守ろうとしている姿にいつも微笑ましく思っていた。
「そうだよ。ほらほら、雫くん和樹くんも待ってるしそろそろ上がってくれて良いからね。今日は電気もこのままで良いから」
「え、あ、和樹さんいつも待たせてごめんなさい」
「俺は構わないから気にしないで仕事して」
「はい。もう終わりました。マスター今日はこの辺で失礼します。着替えてきますからもう少し待ってて下さいね、和樹さん」
「あぁ、俺は気にしないでゆっくり着替えたら良いからな」
「はい、和樹さん」
「雫くんお疲れ様~」
笑顔で雫を見送る晴の仕事も残りは売り上げの計算だけになっていた。
和樹は晴から見ても本当によく出来た子だった。イケメンで優しく気配りが出来る青年だった。
「和樹くん、雫くんから聞いたけど和樹くんのおうち大きな会社を経営しているんだって?」
「はい、もうすでに兄が後を継いでいます。だから俺は兄を手伝うつもりでいます」
真剣なまなざしも頼もしい。
「そっか、将来も決めているんだね」
「そうですね」
「あ、雫くん着替え終わったみたいだね」
「はい」
嬉しそうな雫と和樹の姿はいつ見ても晴の心を温かくしてくれる。若さはいいなと親父くさい事を考えている晴がいた。
「じゃあ、雫くん次は明後日よろしくね。和樹くんもまたね~」
「それじゃ、行こうか雫」
「はい、じゃあ、マスター失礼します」
「は~い」
雫と和樹を見送った入れ違いに睦月が入って来た。いかにも仕事が出来る男の風貌だった。
「あっ、待ってて、もう少しで終わるから」
「今のは?」
「あぁ、うちのバイトの雫くんと、そのナイトの和樹くん」
「そうか」
私服とは違う睦月のスーツとトレンチコートの睦月の姿に見惚れていた晴は睦月の顔が一瞬真顔になった事に気が付かなかった。
「睦月、どうかした?」
入り口に立ちすくむ睦月に晴は声をかけた。
「いや、何でもない」
「そう?だったらそこのドア鍵をしてくれる?」
「あぁ、分かった」
「カウンターに座ってちょっと待ってて、夕飯は食べた?」
「いや、まだだ」
「良かった。上に睦月の分も夕食用意したんだ。だから座って待ってて」
「分かった」
優雅にカウンターまで来て座る姿に出会った日の睦月を思い出させて晴の胸が高鳴る。
(何、ドキドキしてるんだ、早く済ませてしまおう)
10分程待たせて2階に案内した晴は、睦月からトレンチコートとジャケットを預かるとハンガーに掛けて振り帰った。ジレを来た睦月の姿は32才には見えない色気を纏っていて均整の取れた身体が際立っていた。
「す、直ぐ用意するからそこに座って待ってて」
晴は慌ててキッチンに向かった。
「何か手伝おうか?」
「睦月、料理出来るの?」
「いや、全然」
冷蔵庫からあらかじめ用意していたエビグラタンをオーブンに入れてサラダの用意を始めた晴に睦月が後ろから覗き込んで来た。
「それじゃ、ダメじゃん」
「チーズを切るくらいは出来るぞ」
「それ、料理って言わないから。そんなので食事はどうしてるの?」
変なことで胸を張る睦月が可愛かったが、純粋に食事の事が心配になった。
「ほとんど外食だ、それかコンビニに世話になってる」
「不健康だね~」
「男はそんなもんだろ」
肩をすくめる姿も様になっていた。焼き上がったエビグラタンとサラダを部屋にあるローテーブルに運ぶと2人の初めての食事の時間が始まった。
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