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うん、そうなんだよ。
種は撒き終わった──そう思ってたんだよオレ。
もうお膳立ては整ったじゃん。いつでもOKじゃん。
だから待ってたわけだけど……なんでしてこないの告白。
かれこれ一ヶ月は準備万端で待機してるのに。そんな素振り一切見せないよね。
間にオレの誕生日あったでしょ?
そりゃ、テーブル一杯の手料理は、そこいらのレストランよりもおいしかったけども!!
絶好のチャンスだったわけじゃん。
なぜ告らない!?
なんなのおまえ忍耐力にステータス振りすぎじゃないの。
オレとしては、お前にもっと逼迫 して欲しいんだよ。
独占欲だとか執着だとか束縛だとかを、余裕失くして、見苦しく、振りかざして見せて欲しいんだよね。
オレに刃物向けて決断迫るくらい、して欲しいの。
付き合ってくれなきゃオレを殺して自分も死ぬ、みたいな。
ドロッドロの人間臭い部分、丸出しでぶつかって来てよ。
せっかくオレが10年も片思いされてるとかいう、レア中のレアな状況だよ。
お前がオレを手に入れたくて、もがいてあがく様子を思う存分堪能したいじゃん!
オレ、今まで付き合った相手には一様に『愛されてる気がしない』って言われて来たんだよね。
オレからすれば、まるっとお返ししたい言葉をね。
そういえば、お前も似たようなこと言われて振られてたね。根底から理由が違うけど。
オレの場合、その集大成が浮気って形で自分に還ってきたっていうのは分かってるよ。
直せない所だから、それなりにヘコみもしたんだよ。
けどしょうがないじゃん。
愛するってより、愛されたいタイプなんだから。
その上で相手のルールには縛られないスタンスを貫きたいんだよ。
だから自分勝手って言われるんだろ。
おおっと……再認識すると思った以上にクズだね?これ。
逆、は良く聞くよね。愛されるよりも愛したいって。
それが善しとされる風潮もあるよね。
オレだってわきまえてるよ、その辺は。
俺はこういう人間です。なんて得意気に吹聴してないからね。
むしろ普通を隠れ蓑にさも自分もそうです。な顔してるから。
今日もお前は涼しい顔でオレと夕食を食べてるけどさあ
まさかこの状況に満足しちゃってるとか言わないよね。
分かってる?自分の立場。
このままじゃお前は抱きまくらなワケで。
もっとぶっちゃければ単なるセフレなんですよ?
オレを自分のものにしたいって欲はないのか。
──ちがうよ!見てたのは、そこの醤油を取って欲しいからじゃない。
「ん」てなんだよ。邪気もなく差し出してくるなよ要らないよ。
イライラするくらい鈍いトコがいっそかわいい……とか、感じるなって、オレも。
なんなのもう。
当て馬でも用意しなきゃ動かないつもりなの?
それとも陸の孤島にでも赴いて事件に巻き込まれて
吊り橋効果狙わなきゃダメ?
お前がオレに惚れてるのはもう確定でしょ。
それがオレにバレたことも分かってるんだよね。
それとなく確認したでしょ。お互いに。
後は暴露すればいいだけじゃん。
引き伸ばす理由が──分からない。
まあ肉体関係を先に持って来たせいで、
セックスしてるのに恋愛感情を伴ってるのか判断出来ないから、
……つまりオレが春真を好きかどうか分からないから、
言い出せない、そんなとこなんだろうけど。
それこそオレの感情に関係なく、自分の気持ち押し付けてみろってんだよ。
なんでかって、そんなのオレが気持ち良いからだよ。
仕方ないから少し背中を押してみようかな。
「最近けっこう寒くなってきたよね」
「もう11月だもんな──早かったな」
『もう』とか『早かった』って、何かと対比しないと出てこない言葉だよね。
無意識かもしれないけど、振り返ったろ今年起こったこと。お前にとっていちばん重要な出来事。
そう言えばお前からの連絡って、いま思うとタイミング良かったよね。
少しでも時期がズレてたら、男のお前に手を出そうなんて考えなかっただろうし。
だってこうやって見ててもさ、お前めっちゃ男じゃん。
ほんと普通に女抱いてそう。つか抱くよね。
男は対象外っていうのも、嘘じゃないと思ってるよ。オレが例外なんでしょ。
だからさ、自然にしてたら、お前を抱こうなんてオレが考えるわけないんだよ。
だけどお前はオレの理性のブレーキ、簡単に外す事ができるんだよ。
それって本当に偶然なのかなー?とかも考えるよね。
お前が意図的にオレを体で籠絡した、とか。
まあそうだったら面白いなってだけの話で何の根拠もないけどね。
オレが溺れちゃったって──事実があるだけ。
「週末に会うようになってから約1年かあ──ねえ春真。なんかオレに、言うことないの」
うーん。これはちょっと直球すぎた?
白菜の煮付けに箸を伸ばそうとしていた春真の手が止まって、驚いたようにオレを見てる。
──でも有効打だったみたい。
思考停止中の顔、かわいいよ春真。
「言うこと……って何それ」
「オレが訊いてるんだよ」
「──ねえよ」
「そうやってずっと、見て見ないフリ続けてきたんだ?」
「なにが──言いたいんだよ」
まあしらばっくれるよね。
けど、話を打ち切りはしない──逆にオレを誘導しようとしてる?
じゃあもうちょっと、踏み込んであげよっか。
「でも春真、ソレ行き止まりだろ──今が起死回生のチャンスだったり、とか思わない?最後の」
あー……失言した。一言、余計だったよ。
なんかオレの方が焦ってるみたいになっちゃった。
「秋彦お前さ……気付いてんだよな。その上でそんなこと言って、何をしたいのかオレには分からないよ」
あれ?
なんか予想と違くない?この反応。
オレを好きだって肯定してるようなもんなのに
どうしてそんなに冷静でいられるんだよ?
黙るのは上策じゃないって分かってるけど……
なんだろこの空気、迂闊なこと言ったら自分の首を締める結果になりそうな……?
いやいやいや、やっぱりおかしいよ。
オレが答えないのも想定内みたいな顔して、淡々と食器片付けてるの、なんでよ。
本来ここは、お前が追い詰められてる場面でしょ。
顔真っ赤にして、アワアワする所でしょ。
自分的に不要だったってだけで、有っても無くても変わらない一言のせいで
こうなったとは考えられないし──。
なんでそんな余裕なの。
お前がお茶を淹れて台所から戻ってくるまで考え込んじゃったよ。
そのくらい、言動がイミフだったんだけど。
「──で、特に意見がないんなら、オレからも訊いていい?」
湯飲み茶碗を持った春真が────微笑んでる!?
なんで?
どこにそんな精神的ゆとりが!?
──なに考えてんだよ春真。
「秋彦の方からは、オレに伝えたい事、ないの?」
──は?
え?なに?
もしかして、オレが言わなきゃ自分も言わない
みたいな流れ作ろうとしてるの?
まさかと思うけどこいつ……
10年黙ってた上に、セフレになってからも
恋愛感情の存在を匂わせずにおいて
いま唐突に勝負を仕掛けてきたの?
でもお前は勝てる見込みもなしに、そんな賭けに出ないよね。
じゃなきゃ諦め切れない片思いなんかずっと続けてないよね。
だからオレが、焦らされた挙げ句に藪を突付いたんだよね。
オレのどこにそんな隙があった?
──いや、まあ、いま考えたこと全部か。
でもそれは──だめでしょ。ルール違反じゃん。
そりゃお前には散々癒やされてるけど
あくまでも好きなのはお前の方なんだから。
オレの中ではそうなんだから、オレから言うのは違うって。
どうする?
いや──分かっては、いる。
ここが絶対間違えちゃいけない分岐点だってのは。
「春真が──言って欲しいこと。だったら、いくらでも言ってあげるけど?」
プレイの上での愛の睦言とかね。
っていうか今すぐイチャラブ攻撃してやろうか!?
すぐメロメロになっちゃうくせに!
しまった、興奮してる場合じゃないよ。冷静になろうって。
ああ、なんだ──良かった。
春真はやっぱりチョロい子だ。
いま言ったこと効いてるじゃん。
なに想像したのかは大体分かるよね。うっすら赤くなってるし。
お前がオレにベタ惚れな以上、基本的なパワーバランスは変わらないんだね。
そこは安心した。
だけどさ……オレが見たい必死なお前は、このままだと見れそうにないね。
ええっとつまり、どうすればいいわけ。
お前が告白したくて堪らなくなるように、仕向けないといけないってこと?
なんで!?
素直に告白してよ!
「春真──お前が言いたいことあるなら聞いてあげるから。言ってみなよ」
ちょっと下手に出たらそれですか。
不信感ありありの表情でそっぽ向いちゃうんですか。
「そんなの無いって…………どうせ揶揄 ってるだけだろ、わざわざ言うか。バカ」
確かに、ただ好きだと言われても満足はしないけど……それはそれで嬉しいよ?
まあ欲しいのは『七転八倒の末、魂を削りながら血反吐を吐くような告白』だけど。
でも揶揄ってるだけっていうのとは、だいぶ違うのになー。
「でも秋彦が言うんなら──オレも言ったって良い」
あー、やっぱりさっきの宣戦布告だったー。
思い違いなら良かったのに。
……そうじゃ、ないんだよね。好きだなんてさあ、言うだけなら──簡単じゃん?
思ってなくたって口先だけでどうにでもなるんだから。
オレにそれを求めても意味がないって、恋人プレイで悟ったはずだと思うんだけど──。
んー……それでも十分危険な単語か。麻薬的な魅力はある……かもしれない。
あの時はオレもそんな気になったもんな。
「………そうだなぁ………」
言葉自体に意味はないよ。
意味があるのは──手に入るか入らないか、なんて打算抜きで
勝手に溢れてどうしようもない、相手を求めて止まない気持ち、なんだよね。
要はさ、お前の10年ぶんの想いそのもの。もう持ってるじゃん。
オレの為にあるソレ頂戴、ってことだよ。
けどオレが言えば春真の告白意欲が燃え上がるんなら──試してみる?
オレにとってプレイの範疇超えることはないから、期待は出来ないけど……。
当て馬の準備とか吊り橋効果の舞台装置作るよりは簡単だもんね。
目的のために殺人事件を用意し始めたら、立派な犯罪者だよ。
そういうのサイコパスって言うんじゃないの。違うよオレは。
やるならまあ──最大の効果を発揮する局面じゃないと。
そんなシーン、一つしか無いよね。
大丈夫かな。合わせ技決まったらお前、悶絶死しちゃわない?
それはそれで見てみたいかも。
ああ、なんか──楽しくなってきたな。
「春真。風呂、入っといでよ」
「え?今の話、終わったの?」
「続いてるよ。だからまずはお風呂」
「……お前またセックスで有耶無耶にするつもりだな」
「人聞き悪いなあ。そんなのした事ないでしょ」
「いっつもそうだろ!」
春真だって身体に物言わせて無理やり黙らされるの好きなくせに──。
そう言ったら怒るだろうけど。
「ねえ、一緒に入ろっか」
「いやだ。分かった、分かったよ。入るから一人で」
──後は、オレの問題だよね。
春真相手に時々起こってるあの現象。
理性をコントロール出来なくなっちゃうやつ。
今日こそ自分を見失わない様にしないと。
でもあれ何なんだろうな──。
色々感情がごっちゃになって、
気が付いたらひたすら性欲に従っちゃうみたいの。
ヤりまくることしか考えられなくなっちゃうんだよね。
自分でも意外なんだよなあ。
淡白だと思ってるし、セックス覚えたての頃でも、ハマることもなかったのにさ。
身体の相性、良すぎんのかな。そのくらいしか理由ないよね。
けどたまに少しだけ──そんなこと有り得ないからホントちょっとだけなんだけど──怖くなる。
自制が効かなすぎて、春真のことぶっ壊しちゃいそう──とか。
……ないわ。ないって、マジで考え過ぎ。
なんで、そんな変なこと考えたかな……。
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