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ほんと辛抱強いよね。
考えてみれば10年以上の間に告白の機会なんていくらでもあったよな。それでも言わなかったんだもんな。
オレだったら我慢できなくて
ペロッと言っちゃう。
ダメならダメでいいから後先考えずに。
お前は違うんだよね。
オレの気持ちなんかと重さが全然。
軽く考えてないから間違っても口に出して関係が壊れるの怖いんだろ。
だからだよ。
だからこそ言わせたいのに。
それだけ大事にしてる想い、
ぶつけられたら気持ち良いだろうなあ。
人生観変わると思うんだよね。
それこそ、お前のことだけしか一生見えなくなりそうなくらい。
今はオレもね、
お前が好きなんだと思うよ。
でも自分の気持ちなんて信じらんないよね。
誰とも上手くいかなかったんだから。
誰もまだオレを満たしてくれたことがない。
そんな人に巡り合ってないだけならそれがお前でもいいわけでしょ。
オレは──お前が持ってる気持ちを信じたいよ。だからお前は早くオレを雁字搦めにしちゃえばいいんだよ。
体外 に出せなくて溜めに溜め込んだ重たい情愛 オレにぶっかけてよ。オレがどう思うか、そんなのお前には関係ないんだって。オレ自身が信じてない気持ちなんか無視してオレが必要だって──言ってみてよ。
そしたらもう、どこにもいかないよ。
……多分お前にとっては、
すごく簡単なことだからさあ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
もうオレさ、あまりに進展ないもんだから真剣にどっかから当て馬の調達しようとしてたとこだよ。
「日永 さんのお友達だね。
初めまして網代冬悟 です」
それをだよ。オレに握手を求めてるこの眼鏡ダンディー誰なんですか、日永春真 さん。
初めて居酒屋で夜飯食おうなんてお前に誘われたから来てみたら、こんなサプライズゲストって。嬉しくないのは分かってもらえる?
「どーも初めまして、観月秋彦 です。あーちょっとオレ、状況なにも分かってなくて。網代さんって春真の仕事関係の方なんですか?」
一応オレたちより年上に見えるから穏便に振る舞うけど。社会人として。
──あとで泣くまで事細かに説明してもらうからな春真ぁ。
「あ、秋彦あのな、網代 さんはよく行く本屋の店長さん。帰りに本屋に寄ったら飲みに誘われたけど、お前が来る日だし──そしたら網代さんがご一緒にって言ってくれたから……」
雑、且つ、ツッコミどころ満載すぎ。
ほんと後で覚悟してなね。
「僕が無理を言ったんだ。新しい出会いは多いほうが良いからね。幼なじみなんでしょう?いいね、麗しい友情の話なんかを聞かせて欲しいな──今日はぜひ僕持ちで。ね、楽しく飲みましょうよ観月さん」
鮮やかに引き取るねナイスミドル。
奢りって言うなら遠慮しないけど。
網代の思惑が気になる。オレまで呼んでどうしようって魂胆?まあ当然、春真を狙ってんだろうな。
さっきの口ぶりだと春真は断ろうとした?だからオレも同席させた?ついでに関係を探るつもりで。
くっそ。
やっぱおまえ男にもモテるんじゃん。
人当たりは良さそうだけど、なんか本屋っていうよりホストクラブのオーナーとかインテリヤクザっぽいんだよね。
オールバックに銀縁眼鏡とかお高そうなスーツとか外見のせいだけじゃなくてさ、目が笑ってないんだよ。抜け目なく他人を観察してる感じ。
こういう裏表の有りそうな人間、正直オレは大好きだけど敵に回すと嫌なタイプだよなあ。
そんで多分……敵なんだろうね。
「で、入手困難な海外版の原書を網代さんが取り寄せてくれてー、それが縁で話すように──秋彦ぉ、聞いてる?」
はいはい、聞いてるよ。
よくある馴れ初めだね。
ていうか、お前の言う本屋って駅前にある大手の店じゃん。大っきいビルで、あれ全部本屋でしょ。そんなとこの店長が個人客と一々懇意にする?下心溢れまくってるの分かんないの。
春真は網代に言われるがままに飲んじゃってるから、そろそろ呂律も怪しいし。
大体こいつ、さっきから強い日本酒ばっかり勧めてくるんだよ。完全に潰しにきてるだろ。オレが真性のザルじゃなかったらどうなったと思ってんだ。
「日永さんはもう回っちゃったかな。
ノンアルコールにしておく?」
白々しく親切ぶってるな。
お見通しなんだよ。
オレもよくやる手だから。
「ん。オレあんまり酒つよくなくてー。
すいません」
「はは。謝ることはないよ。観月さんはまだまだ飲み足りないみたいだね?」
酒には一切酔いませんからね。
教えませんけど。
「いやーオレ、顔に出ないだけっすよ」
「ああ、そうなんだ。そういう体質の子は飲まされ過ぎて大変そうだね」
子。格下扱い、してくるねー。
口調だけは親身だけど明らかに信じてないし。人のこと小馬鹿にして笑ってんでしょ。
あはは……まいったな。ホントこいつ同類。
「オレ、トイレー」
よろよろと春真が立ち上がろうとしてる。
おいおい、足元危なっかしいな。
「オレも行こうか」「僕も付き添おうか」
え?ハモった?
思わず網代を見ると向こうも面白そうにオレを見てる。
「いや、おかしいでしょー。
大人三人で連れションとかぁ」
酔ってるくせに変なとこでいつも通りな、お前は。
「じゃあ一人で行ってきな」
「んー」
「日永さんはお酒が入ると真面目な印象が薄れて、途端に愛らしくなるね」
それオレに言ったの?
オレしか居ないからそうだよね。
にしても、いきなり愛らしい?
探り入れてくるなあ。
面倒くさいからもう単刀直入に訊くよ。
「あいつ、網代さんの好みなんですか」
「ん?ふふふ。観月さんは──日永さんとはただの友人かな。それとも、ただならぬ友人?」
はぐらかすよねぇ。
ホントオレに似てて嫌になるな。
「面白いこと訊きますね。あなたにはそう見えちゃったんですか」
「そうだなあ。少なくとも君たちは恋人同士ではないよね。だけど、単なる友人以上だ」
「飲みの席に呼ばれただけで、それは飛躍しすぎじゃないですか?」
「観月さんがそう言うなら僕にも付け入る隙がある、ということだね」
あー。判ってた。判ってたけど確定かあ。
よりによって対戦相手は同属性ねー。
やりづらいなあ。
「そりゃもちろんオレのだなんて言いませんよ。でも──特別な友人には変わりないんで、信用できない人間に任せたいとは思えない、ですかねー」
「あはは。素直じゃない、若いね。でも、あんまり意地を張らない方がいいと思うけどな」
「心当たりありませんけど──
どういう意味っすか」
「教えてあげないよ。
僕らはライバルみたいだからね」
ちょっと春真ぁ。なんでお前こんな、ややこしい奴に目つけられてんだよ。年季で負けてる分オレちょっと不利なんだけど。
オレも嫌味な喋り方してやってんのに、このひと平気な顔で食い下がるじゃん。同世代ならとっくにカッとなってるよ。全然ダメージ入ってないでしょこれ。
「まあでも君が友情だか親愛だかの上に胡座 を掻くつもりなら、僕にとっては有り難いよ」
ああ結局アドバイスしちゃった。僕も甘いな──そんなふうに嘯 く顔が憎々しい。
無視するのが一番良い。だけど何も知らないこいつに言わせっぱなしも気に食わないよね。
「オレには関係ないですね。
でも春真はどうですかね。
網代さんの一人相撲じゃないんですか」
春真はずっとオレに恋してるの。
今は収穫待ちの大事な時期なんだよ。
変な横槍を入れられたくないんだよね。
「うーん。君がそんな考えなら……僕は本当に日永さんを攫 ってあげた方が彼の為かもしれないな」
しまった余計なこと言った──?
オレの方が感情的にさせられてる。
自分には春真が欲しがっている愛情を充分に与えてやれる自信も余裕もある、そう言ってんだよね。オレが出来ないのを見抜いて。
うっかり口を滑らされるし、
舌戦じゃオレ勝てないかも。
網代は危険すぎる。
春真連れて早く帰った方がいいよこれ。
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