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【高身長のシンデレラ】まめ太郎

車が駐車場に停止し、ドアが開いた。  むあっとした外気が車内に入りこみ、自然と顔が険しくなる。  暑いのは昔から苦手だった。そして人混みも。  だからこんな夏の盛りに海水浴に誘われたとき、もちろん断るつもりだった。  けれど結局今こうして、俺は砂浜に隣接した駐車場に降り立っている。  理由は単純。 幼馴染の朝日(アサヒ)が俺も一緒じゃなければ行かないと、雷(ライ)に言ったからだ。  ため息をつきながら、じりじりと肌を焼く日差しを振りまいている太陽を仰ぎ見た。 ロシア人の祖父の血を濃く受け継いだ俺の肌は、新雪のように白くてきめ細かい。日焼けすると真っ赤になって、酷い痛みを伴うから、車内では念入りに日焼け止めを塗りたくっていた。  そんな俺に雷がバックミラー越しに軽蔑するような視線を送っていたのは気付いていた。  どうせ男のくせに、日焼けなんて気にしているのかと呆れているのだろう。  そんなことを考えて、先ほどよりも重いため息が口をついた。  俺は気持ちを切り替えるように頭を振ると、車の後部に向かった。  そこで朝日がトランクからクーラーボックスを持ちあげようとして、想像以上の重さにたたらを踏んでいるのが見えた。  俺は慌てて朝日からクーラーボックスを奪うと肩にかける。 「ありがとう。皇(コウ)」 大きな黒目がちの瞳を柔らかく細めて、朝日が言った。  俺も無言で微笑みかえす。 「よお。早くビーチに行って場所取りしようぜ」  ふいに肩の重みがなくなって振り向くと、雷が俺から奪ったクーラーボックスを手に立っていた。 「雷は一刻も早く可愛い子をナンパしに行きたいだけだろ?」 「ばあか。それはお前だろ」  雷が軽口を叩く朝日を、クーラーボックスを持つ手とは逆の方で抱え上げる。  きゃっきゃと朝日が笑い転げた。  身長160㎝の朝日より30㎝以上身長が高い雷は、そんなことを苦も無くやってのける。  いいなあ。  いつの間にかそんな二人をうらやましそうに眺めていた自分に気づき、苦笑すると俺は残りの荷物をトランクから出し始めた。 「おい」  ふいに耳元に低い声が落ちる。  背中をぶるりと震わせ、俺は咄嗟に囁かれた方の耳を押さえた。 「抜け駆けはなしだって言っただろ。分かってんのかよ?」  雷の整った顔が思ったよりも近くにあり、心臓が大きく跳ねた。 「何、言ってるんだよ。だから俺と朝日はそんなんじゃないって…」 「ただの幼馴染だって?その話は何度も聞いた。でもそれにしてはお前たちの距離、近すぎじゃねえ?」  そんなことを言われても、俺にだってどうしようもない。  両親同士が仲の良かった俺と朝日は、赤ん坊の頃からいつも一緒だった。  未熟児で産まれた朝日は体調を崩しやすく、両親はそんな一人息子を心配し、過保護なまでに愛情を注いだ。  そして事あるごとに幼い俺に言うのだった。 「皇君。朝日のことよろしくね。皇君みたいなしっかりした子が傍にいてくれるなら、私たちも安心だわ」  朝日の両親から頼まれて世話を焼いているうちに、それはすっかり俺の中で習慣になってしまい、朝日が体調を崩さなくなった今でも、俺が朝日を気に掛けるのは当たり前みたいになってしまった。  俺と両親に甘やかされて育った朝日は、ペットボトルの蓋すら俺が開けてやらないと飲もうとしない。  それでもそんな自分を朝日が変えたがっていることにも、俺は気付いていた。  さっきのクーラーボックスの一件もそうだ。  今までの朝日なら、自分から率先して荷物を持つなど考えられなかった。  先ほど車の中で頬を染めながら、朝日は俺に小さな声で告げた。「20歳になるまでに、俺、彼女欲しいんだよね」と。  その想いから、今までのように俺にべったりなわけにもいかないと思ったのだろう。  単純な朝日らしい。 「おい、何笑ってんだよ」  俺が朝日の発言を思い出し、口の端を上げると、途端に不機嫌な声が頭上から降ってきた。  こんなこと178㎝の俺より身長の高い、雷と話している時くらいしか起こらない。  場違いにも、俺の心臓はきゅうと高鳴った。 「どうせ自分の方が、朝日と仲が良いってほくそえんでるんだろ」  見当違いの言葉に、俺はびっくりして首を振った。  そんな俺を見て、雷はふんっと鼻を鳴らす。 「まあ、いいさ。お前がついてくるのは予想していたことだしな。とにかく今日は朝日の面倒は俺が見るから。邪魔すんなよ」  そう言って、雷はトランクの中のほとんどの荷物を持つと、一度も振り返らないで、朝日が走っていった後を追いかけて行った。  俺は唇を噛みながらそんな雷の背中をじっと見つめた。  朝日が小さな頃から俺にこっそり教えてくれた好きな子は皆、女性だった。  雷が日々朝日に囁く好きの言葉も、本人は冗談としかとらえていないだろう。  しかし雷と同類の俺は、雷が本気であることに最初から気付いていた。  自分が男性しか好きになれないと自覚したのは、高校の時だったが、考えてみれば、昔からその兆候はあった。  幼稚園の頃、同い年の男子がヒーローごっこに夢中だったのに比べ、俺は王子様にお姫様抱っこされているシンデレラの絵本を飽きることなく、ずっと眺めていた。俺は王子様に抱き上げられているシンデレラが、うらやましくて仕方なかったのだ。 しかし現実世界で、身長178㎝の俺をお姫様抱きできる男などほとんどいない。 大学で雷に初めて会った時、俺は思った。  彼こそが、自分の理想だと。  しかし理想の王子様は自分の幼馴染に夢中になった。  雷が自分と同じ性的思考をもっていることを喜ぶべきか。彼の理想が俺と180度違う小さくて、可愛いらしい男に向けられていることを悲しむべきか。  でかくてごつい体、鋭い目、シルバーグレイの髪。どこをとっても雷が好きそうな部分はない。  せめて雷に嫌われないように、今日は朝日を構いすぎないようにしよう。   そう決意して、俺は拳を握りしめた。   「ほら、朝日こぼしてる」  かき氷を食べていた朝日の口元を、首にかけていたタオルで拭うと、隣から殺気立った視線を送られた。  習慣とは恐ろしいもので、ついついやってしまう。 「朝日、また泳ぎに行かないか?」  雷が立ち上がって言う。  着いてすぐ朝日と雷は大きな浮き輪を膨らませて泳ぎに行った。  俺は日焼けしたくないからと言い、ビーチパラソルの下で待っていた。 「俺、もうちょっと何か食べたいから、買いに行ってくるよ」 「俺も一緒に行く」  そう言った雷に、朝日が慌てて首を振る。 「一人で平気」  走って海の家に向かう朝日の背中をじっと雷は見つめ、大きく息を吐くと、どっかりと俺の隣に腰を降ろした。 「朝日の奴、俺と居たくないんだな」  雷がぼそりと呟いた。 「そんなことないだろ」 「さっき、朝日に告白したんだ。お前のことが好きだって。俺を選んでくれって」  雷の言葉を聞いて、自分の胸が錐を刺されたように痛んだ。  いつかこんな日が来ると分かっていたのに。 「朝日、本気だって分かった途端、怯えたような目で俺のことを見た」  そう言えば海から戻ってきた朝日は、いつもより雷から距離をとっていたように思う。失恋して落ち込む雷を見て、俺はかける言葉がなかった。 「はあ。タイミング完全に間違えた。朝日がショック受けてる今なら、お前に落ちるかもよ。迎えに行ってやれば?」  ごろりと寝転がって、雷が言う。日差しを受け、雷の濡れた赤い髪が燃えるように輝いていた。つい手を伸ばしそうになって、俺は視線をさまよわせた。 「だから、そんなんじゃないって何度も言ってるだろ」 「でも、お前ゲイだろ?」  目を見開いて、雷を見た。  こちらを見る雷はにやにやと笑っている。 「お仲間は俺、結構分かる方なんだよね」 「なら、朝日がそうじゃないってのも分かったんじゃないのか?」 「まあな。でもお前とすげえ仲いいしよ。ワンチャンあるかと思ったんだけど」 「そんなものないよ。朝日は女の子が好きだし、俺は朝日に恋愛感情はもってない」 「本当かよ?お前らしょっちゅうじゃれてんじゃん」  感じの悪い笑みを浮かべながらしつこく言い募る雷にだんだんと俺は腹が立ってきた。 「だから違うって言ってるだろ。そもそも俺は自分よりガタイの良い奴に抱かれたいんだよっ。朝日はタイプじゃない」  勢いで本音がこぼれ、慌てて自らの口を塞ぐ。  鏡を見なくても自分の頬が赤くなっているのが分かった。 「へえ、そうなんだ」  低い声でそう呟かれ、背中を濡れた指先でつうと撫でられる。  雷の瞳の色がどこかいつもと違って見えた。  肌がゾクリと粟立ち、俺は勢いよく立ち上がった。 「朝日、まだかな?心配だからちょっと見てくる」 「おいっ」  俺は、そのまま海の家にむかって全速力で駆け出した。  海の家のどこにも朝日の姿は見えなかった。  俺はきょろきょろと辺りを見回しながら、海の家の周りを歩いた。 「トイレでも行ったかな?」  案外もう買い物を済ませて雷のところに戻っているかもしれない。先ほどの様に雷にからかわれるのは嫌だが、仕方ない。俺も戻るか。  踵を返そうとしたとき、朝日の声が聞こえた気がして、店の裏手に俺は足を進めた。 「もう離してください」  確かに朝日はそこにいた。少し年上に見える目つきに悪そうな男たちに三人に囲まれてだが。 「朝日っ」  俺が走り寄ると男達が一斉に俺を睨みつけた。 「あんた、こいつの友達か?」 「そうです。あの、朝日が何か」 「何かじゃねえよ。こいつ俺の女にしつこく声かけやがったんだよっ」 「俺は並んでた時に少し話かけただけで」 「つまりはナンパだろ?俺の目の前で舐めた真似しやがって」  男が朝日の肩をぐっと掴む。  痛みに歪んだ朝日の顔を見て、俺は咄嗟に割って入った。 「あの本当にすみませんでした。代わりに謝りますから」 「うるせえ」  頬を思い切り殴られ、倒れそうになった俺の腹に重い拳がめり込んだ。  喧嘩慣れしていない俺はその場で崩れ落ち、咳き込んだ。 「皇。皇」  焦った声で朝日が俺の名を呼ぶ。 「おい。お前も覚悟しろよ」  そう言って朝日に詰め寄る男の足を、俺は必至で掴んだ。 「やめてください。朝日のことは殴らないでください」  華奢な朝日がこんな男から殴られたら、酷いけがをしてしまう。 男が舌打ちし、大きく足を振り上げたせいで、俺は仰向けにひっくり返った。  地面に体を打ちつけそうになった瞬間、背中を支えられる。 「おい、何してんだよ」  地を這うような低い声に顔を上げると、雷だった。 「大丈夫か?」  雷が俺の切れた唇に触れ、言う。  俺が頷くと、雷は立ち上がり、傍にいた男の腹に拳を叩きこんだ。  もう一人の男の顔面に膝蹴りし、俺を殴った男にも容赦なく蹴りを入れた。  男が倒れても、顔面を何度も殴りつけている。  雷は髪の色や派手な私服のせいで絡まれることが多く、喧嘩がめっぽう強いという噂は聞いたことがあった。  しかし俺たちの前で、雷はそんなそぶり見せたことがなかったから、俺も朝日も唖然としてそんな彼を見つめることしかできなかった。  男がピクリとも動かなくなると、無表情で雷は立ち上がり、俺のすぐ傍に跪いた。  俺の膝裏と肩を掴み、抱き上げる。 「だっ、大丈夫だから降ろせよ。重いだろ」  雷がハッと息をついた。 「全然。お前身長のわりに軽すぎ。もっと食べたほうがいい」  雷に軽いと言われ、俺は顔を赤く染めた。そんなこと今まで一度だって言われたことはなかった。 「皇。大丈夫?俺のせいでごめん」  泣きそうな表情でそう告げる朝日に返事をすることすらできない。  俺、今、お姫様抱っこされてる。  あの絵本で見たシンデレラと同じように、抱え上げられ、運ばれていく。  このままどこにも着かなきゃいいのに。  落とされないようになんて心の中で言い訳しながら、雷の首に両腕を回す。  そんな俺を雷が優しく見つめていたことに、心の中で悶え続ける俺は全く気づきもしなかった。

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