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【海の抱擁】吐夢

 ザン...と、波が岸に押し寄せる。 引いていく海水は、砂を巻き込みながら静かに海へと還る。  砂浜が広がり奥には崖が見えていた。周りには海水浴で遊びに来ている人達がまばらに見え、その奥に行くと地元民だけが知るような岩場の間に出来た砂浜に彼らはいた。 「ちょ、裕翔(ひろと)」  押し寄せて来た波が引いていくのを見て、トンとイタズラ顔で一緒に来ていた友達を押せば、押された少年は驚いた様に身体のバランスを取った。  バタつく身体に押した手をそのまま伸ばせば、パシッと空を描いていたその手は掴まりバランスを持ち直してしまった。 「あーあ、転んだら助けたのに」  そう言って笑う少年に押された少年は口を尖らせ文句を訴える。 「そもそもに転ばそうとするなよ!助けるなら、初めからんなことすんな!」  プンスカと頬を膨らませる少年は優弥(ゆうや)という。背は175程で、色素が薄く、日焼けなどしようものなら赤く腫れそうな色合いをしていた。パーカーを羽織り、日焼けを避けているあたり、自分でもその体質は理解しているのだろう。  そしてそれを見て笑う少年は、裕翔(ひろと)と呼ばれる少年だった。髪を後ろに撫でつけ、背も180近くありそうな出で立ちは凛とした姿であった。  対象的な2人に、横から大きくため息を付きカメラのシャッターを押す者がいる。 「お前らいつまでもふざけてると、写真撮らねぇぞ」 そう言われて2人は眉尻をさげた。 「悪かったよ...恭次(きょうじ)」  最初に謝罪を口にした裕翔が、横にいた優弥の肩を抱き寄せて頬を密着させる。が、優弥は困り顔でグイグイと身体を押す。 「ほら、早く写せって」 ニヤリと裕翔の挑戦的な視線を向けられた恭次の眉尻がピクリと動いたが、その後すぐにカシャとシャッター音が聞こえた。 「ちょ、くっつきすぎぃー」  グイグイと抵抗を見せる優弥をお構い無しに、蛇のように巻き付きプロレスの技でもかけるが如く、足の間に裕翔が太股を押し込んだ。 「やり過ぎだ、裕翔」  そう言いながら、裕翔の腕を引いたのは恭次だった。 「ばか、優弥は逃げ足が...」  言い切る前に2人を残し、優弥は脱兎のごとく姿を眩ませてしまった。 「ったく...アイツ方向音痴なの忘れたのかよ」  裕翔が口を尖らせながら恭次に告げれば、今思い至ったかのようにハッと目を大きく見開いた。  裕翔が優弥を追い掛けて走っていく後ろ姿に、深く溜息を吐き出し空を見上げた。そしてクシャリと恭次は自分の前髪を握りしめる。 「ばーぁか」  そう呟いて、恭次は裕翔の後ろ姿が消えて見えなくなる前に走り出した。 ━━━━━━━━━━━━━━━  大きな岩に、波が泡立ちながらぶつかる。岩場の多いこの場所は人が立ち入らなそうな断崖だった。  その岩場に、体育座りで膝を抱えた優弥を見付けた裕翔が駆け寄った。 「探したぞ」 はぁはぁと息を荒げ、額から流れる汗を拭うこともせずに優弥を気遣った裕翔に肩を叩かれ、一瞬嬉しそうな顔を見せて直ぐに表情を曇らせた。 「なんだよ、裕翔か」 「俺じゃ悪ぃかよ...ほら、戻るぞ」  そう言うと、裕翔は優弥の腕を取った。 が、パシリとその腕が払われ裕翔の眉間に皺が刻まれた。 「恭次は?」 「...アイツはあとから来る」 「そっか...いつも俺を見てくれてるのは...裕翔だよね、ごめん、ありがとう」  悲しそうに笑う優弥の表情に、裕翔は胸をきつく締め上げられた気分になる。優弥の心を掴んでいるのは、裕翔ではなく...恭次なのだ。 「なぁ、優弥...俺を選べ!」  裕翔は優弥の細い両肩を強く握り、真剣な眼差しをどんなに送ろうと...その言葉は彼の胸には刺さらない。 「あっ、恭次」  優弥の嬉しそうに呼ぶその名前に何度も流されてきた。今日も3人でデートだと嬉しそうにしていたのに、恭次の行動ひとつで、揺れる優弥。  そして心を痛める裕翔を見て恭次が胸を痛めている。それぞれの思いが平行に交わらずそれぞれの思いを抱いていた。 「抜けがけは、ナシだからな?」  手を引き、あっさりと戻る事を決めた優弥に半ば引きずられるように進む恭次の背後から、裕翔が口をとがらせながら言う。  鈍いのはお前だと言いたそうに苦笑いする恭次が、裕翔の腕を掴んで3人で繋がったように前へと進んだ。  そんな事をあと何年超えれば、お互いの思いは実るのか。そんな思いを抱きながら、それぞれの思い人を射止めようと足掻く。 波の音が歌のように耳に届き、3人並んで座った砂浜で優弥がポツリと口にした。 「いつまでも俺らは一緒がいい」  その言葉はしっかりと2人に届き、恭次は呆れたようなため息を、そして裕翔は苦笑いを作りながら頷いた。  日が水平線に差し掛かり、辺にいた人達も帰っていくのだろう。人の気配がどんどんと少なくなっていく中で、3人で手を繋ぎ沈む日をそれぞれの思いを抱きながら見ていた。  海から反射する光が眩しくて一瞬目を細めると大きな波音が響く。それぞれの思いを乗せて波は静かに離岸する。その大海原に抱かれるような感覚に3人はゆっくりと目を閉じた。 END

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