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【チェンジング・ワールド】佐藤あらん
どうしてこうなったのか、相模翔太郎 にはまったく理解できなかった。
翔太郎は十八になったばかりの大学生である。誕生日は二月二十九日で、四年に一度しかその日を祝う事ができないとよく周囲にからかわれてきた。もちろんだからといって四年に一度しか歳をとらないというわけにもいかず、閏年以外では二月の最終日の二十八日にお祝いをしてもらっていた。
翔太郎はその名の通り大空へ羽ばたくかのように、すくすくと伸びやかに成長した。性格も体格も。伸び盛りは過ぎたとはいっても、ここ数年は一年に一、二センチほどの緩やかな成長を遂げているため、現在の身長は百八十を越えて三センチほどである。スポーツを小中高とずっとしていたために体重もそれなりで、パッと見た感じだとかなりの威圧感のある体格なのではないだろうか。
だが翔太郎と話してみると、皆が皆口を揃えて「癒し系だよね」というのだ。
しかし翔太郎本人にはそれがよく理解できずに頭をいつも捻るばかりである。
さて、その翔太郎が今、人生最大の局面を迎えていた。
目の前には、タイプは違えどイケメンと分類されるだろう男が二人。
赤みの強い髪を後ろへ流し、キツイ目つきをした東堂達也 。そしてもう一人は対照的に明るい髪色を太陽に煌めかせている甘い顔立ちの南田透 。
どちらも翔太郎の友達だ。
友達。
と、翔太郎が思っていた相手だったというべきか。
「相模、いいな。この三日間で答え出せよ?」
「そんな言い方しなくても? 翔太郎、無理しなくてもいいからね? 僕は三日と言わず三年でも待てるよ。ーー僕を最終的に選んでくれるんなら、だけど」
ちなみに最初が東堂で、後の方が南田のセリフである。東堂はキツイ目つきで翔太郎を睨みつけながら。南田は言葉は優しいが、目が笑っていなかった。
どちらからとも圧迫感を感じ、翔太郎は思わず一歩足を後ろへ引いてしまう。
「えっとーー。わ、わかった」
それでも素直に頷く翔太郎に、二人は満足そうに頷くとそれぞれバラバラの方向へ向かって歩き出す。取り残された翔太郎はひとつ溜め息をつくと、傍らに置いた大きめのバッグを肩にかけた。それでも足は動かず、二人が立ち去った方向をかわるがわる見つめる。そして再び大きく肩を落とし溜め息をつくと、ようやく駅に足を向けたのだった。
*****
事の起こりは三ヶ月前。
新しい生活が始まり、毎日新鮮な気持ちで大学へ通っていた翔太郎が二人に出会ったのは偶然だった。
構内のカフェで人待ちをしていた翔太郎が、近くを通った学生が落とした本を拾ったのがきっかけと言えばきっかけである。もちろん学生は翔太郎に感謝してくれたのだが、彼はすぐにそのままカフェを出て行った。翔太郎といえば友人を待っていたので再び席に座ろうと振り返った時だった。
「あっ」
前を見ていなかったらしい綺麗な髪色をした学生が、翔太郎にぶつかってきたのだ。
「すみませんっ。大丈夫ですか?」
反射的に謝った翔太郎の前で、そのさらさらの髪をかき上げ顔を見せたのが南田透である。
眉間に皺を寄せた南田の表情に、翔太郎はどこか痛めたのだろうかと勘違いして慌ててしまった。
「どこが痛いんです? 医務室へ行きますか? あ、俺相模翔太郎と言います。歩けないなら運んであげますけどーー」
目を見開いた南田は、次の瞬間咲き誇る花のような艶やかな笑みを浮かべていた。
「じゃあ、運んでもらおうかな? 足首痛めたみたいだし」
誰がどう見ても嘘とわかるそれに、翔太郎だけは大真面目に頷く。
「わかりました。じゃあ、失礼します」
「ーーわっ」
どう運ぶのかと内心面白がっていた南田を、翔太郎は膝裏と背中に手を回し軽々と抱き上げてしまった。いわゆるお姫様抱っこである。
周囲がしーんと静まりかえるのにも気づかず、翔太郎は「あ、」と何かを思い出したように自分が座っていた席の方へそのまま歩いた。
「すみません。テーブルの本、取ってもらえますか? 僕のなんです」
中身の入ったグラスの横に、伏せられた文庫本がある。翔太郎は腕の中の南田に向かって申し訳なさそうにそう言った。
まさか横抱きにされるとは思ってもみなかった南田が、呆気にとられながらも頼まれたことをやると、翔太郎はしっかりした足取りでカフェから出て行く。
その場の視線を一身に集めていることにも気づかずーー。
そしてバイセクシャルの南田透は、その低姿勢なのに男らしい翔太郎に惚れてしまったのだった。
二人が向かった医務室は、カフェのあった場所からはかなり離れていたが、翔太郎は文句も言わずにすたすたと歩き南田を運んだ。もちろん仮病の南田はただただ、その逞しさと爽やかな翔太郎の顔を腕の中から眺めながら、根掘り葉掘り翔太郎の個人情報を訊ねまくっていた。
南田が翔太郎の家族構成から趣味、甥っ子の名前まで聞き終えた頃、ようやく医務室に到着する。
両手の塞がった翔太郎の代わりに南田がドアをノックし、半開きのドアを横へスライドした。
「すみません、怪我人なんですが」
翔太郎がそう声をかけると、中で誰かと話していた白衣姿の人物が振り返る。そして南田をお姫様抱っこした翔太郎を見て驚いて目を丸くした。
「どうしたの?」
真っ直ぐな長髪を後ろで束ねた三十代ほどの男はすぐに立ち上がり、南田を座らせるための椅子を用意する。
「俺にぶつかっちゃって足を挫いたみたいなんです」
翔太郎が簡潔に説明して南田を椅子へ下ろそうとすると、腕の中から舌打ちのような小さな音が聞こえた。それに驚いて顔を下へ向けると、南田はすでに微笑んでいて「ありがとう」と翔太郎に礼を伝える。だがその舌打ちは白衣を着た男にも聞こえていて、聡い男はすぐに状況を把握した。
「えっと、じゃあ彼を診てる間よければあっちのベッドで寝ている子を起こしてくれないかな? さっきから声をかけているんだけれど、なかなかベッドから出てくれなくてね」
苦笑気味の白衣の男にそう言われ素直に頷いた翔太郎は、具合が悪い人を起こしてもいいんだろうかと不思議に思いながらもカーテンが引かれ隠れているベッドの方へ近づく。その杞憂に気づいたのか、白衣の男が棚から何かを取り出しながら翔太郎に優しく助言してくれた。
「具合が悪いんじゃなくてただの寝不足みたいなものだから、遠慮はいらないよ。彼はすでに二時間はここにいる」
それならば、と翔太郎は勢いよくカーテンを開け中を覗く。
するとそこには大きな毛布の塊が横たわっていた。脇に置かれた椅子にベッドの主の物らしい上着がかかっており、毛布からは頭部だけがちらりと見えている。その髪は染めているのか赤かったが痛んではいないようで、さらさらと白いシーツを彩っている。
まず何と声をかけるか悩んだ末に、翔太郎は無難な言葉を口にした。
「おはようございます。起きてください」
もちろんそんな声だけで起きるのなら、とっくに起き出しているだろう。それは翔太郎にもわかっていたので、次にその毛布の塊の肩辺りに手を置いて揺さぶってみた。
「起きてください。寝すぎると夜眠れなくなりますよ」
そのような事を何度か繰り返すと、ようやくその塊がゴソゴソと動く。そしてますます頑なに丸くなってしまった。まるで警戒している動物みたいだな、と翔太郎は思わず笑ってしまう。そして今度は、その手で優しくその塊を撫でてやった。
「ーー起きて。俺、相模翔太郎って言います。あなたの名前も教えてくれませんか?」
いっとう優しい声でそう話しかけると、塊がぴくりと震え、もぞもぞと毛布を目の当たりまで下げてくれる。
現れた目は、やはり野生の動物のように鋭く、だがどこか寂しげに見えた翔太郎は、ますます優しい手付きでその腕あたりをゆっくりと撫でてやった。
「初めまして。勉強のしすぎで夜更かしでもしたんですか? 夜はちゃんと寝た方がいいですよ?」
口元を緩め微笑む翔太郎をじっと見ていたその眼差しが、ふと大きく見開かれる。そして面白そうに細められた。
「ーーそうだな。悪い、もう一回名前教えてくれるか?」
「相模翔太郎です。君は?」
素直に答えた翔太郎が、ようやく顔を出してくれた同じくらいの歳の男にそう問い返す。
「達也。東堂達也だ」
そう言って興味深げに翔太郎を見つめていた東堂が、「狩野は?」とその顔の全貌を出しながら翔太郎の知らない名前を口にした。
「狩野?」
首を傾げる翔太郎に、東堂はベッドの上で伸びをしながら「白衣着たのがいただろう?」と訊いてくる。
「ああ。狩野さんて名前なんですね。今俺が連れてきた怪我人を診てもらってるんです」
すると東堂は目を細めて翔太郎を見つめた。
「ふーん。ダチ?」
「いえ、さっき会ったばっかりの人ですよ」
その答えに東堂は面白そうに笑う。
「知らない人間にわざわざ付き添ってきたのか?」
そう言われた翔太郎はきょとんとした表情で東堂を見返した。まるで不思議なものを見るかのように。
「怪我をしている人がいたら、知り合いでもそうでなくても関係なくないですか?」
素直に思っていることを話したのに、東堂はそんな翔太郎に声をあげて笑い始めた。
「っ、そうだな。関係ないか。確かに」
ひとしきり笑ったあと東堂がそう頷くと、翔太郎は何故笑われたのかわからないままぽりぽりと指でこめかみを掻く。
「それに一人では歩けなさそうだったし。ーーっ、あっ、待ち合わせしてたんだった、俺っ」
突然大きな声を上げた翔太郎に、東堂が目を丸くした。そしてその声を聞きつけた狩野がサッとカーテンを引いて顔を出す。
「起きたね。良かった。君、急いでるんならここはもういいよ。私がちゃんと彼を送って行くから。ね?」
最後のね? は、狩野の背後に向けられていた。
どうやら処置は済んだようだとほっとした翔太郎は、狩野の言葉に甘えることにする。
「あ、じゃあ、すみません。お願いしますっ。えーと、南田さんでしたよね。お大事に。それと東堂さんも、勉強のし過ぎはよくないです。ちゃんと夜は眠って下さいね。じゃあ、俺、失礼しますっ」
肩から下げていたバッグを手で押さえながら、翔太郎は慌ただしく挨拶をすると医務室のドアから颯爽と出て行った。
残されたうちの二人が呆然とそれを見送り、狩野は処置の後片付けを始めている。そしてさも今気づいたように顔を上げると、椅子とベッドの二人に微笑みかけた。
「二人とも健康体なんだから、さっさと出て行ってね。今後はこんな面倒は見ないから、覚えておくように」
にこりと笑ってはいるが、その狩野の有無を言わせない迫力に、南田透と東堂達也は同時に頷かざるを得なかった。
そして追い出された二人は、なんとなくお互いの顔を見合わせる。そしてお互いがお互いの言いたいことを何となく察したのだ。
「譲らないから」
「それはこっちのセリフだ」
不敵に微笑む南田に、それを挑戦的に鼻で笑う東堂。
二人はお互いが男も範疇にある性癖だということを、噂で知っていた。
そう。この時、翔太郎は本人のあずかり知らぬところで、二人の恋人争奪戦に巻き込まれてしまっていたのだった。
*****
時間は進み、現在の翔太郎は電車に揺られていた。
大きなスポーツバッグには着替えや水着が入っている。
それを膝の上に乗せて翔太郎は物思いに耽っていた。
翔太郎には友達が多い。どこからどこまでが友達なのかわからないが、キャンパスを歩けば目的地に着くまでに五回は呼び止められるほどには好かれている。本人に自覚はないが、怒らず愚痴らずいつも穏やかに笑っていて、何か失敗しても前向きに捉える性格は周囲に癒しを与えていた。
そんな多くの友人の中でも特に最近一緒にいることの増えていた東堂と南田。この二人は顔を合わせては何かしら言い合いをしているのだが、翔太郎にはそれがじゃれている子犬のようにしか見えず、いつもその様子を温かい目で見守っていた。それは二人がちゃんとわきまえていてエスカレートしそうになればどちらかが頭を冷やすためにちゃんと物理的に距離をおける大人な態度ができるからだった。
チャラチャラしてそうに見える南田だが、ちゃんとTPOを考えているし、東堂も目つきは悪いが困っている人をさり気無く助ける優しさがある。二人が二人とも見た目とは違って芯のしっかりした人間だということを翔太郎は知っていた。だからどちらがより好きか、などと考えた事はない。友人の多い翔太郎だが、親友と呼べるような相手を作ったことはなく、誰かを特別扱いしたことも一度もない。それはまさしく恋愛をしてこなかったということになるのだが、翔太郎自身はそれを特に気にしたこともなかったのだ。
そんな翔太郎に二人が突きつけてきた問題。
恋愛対象としてどちらかを選べ、というもの。
翔太郎は最初何かの冗談だろうと思っていたのだ。だが二人から今回のお泊り旅行に誘われ、そこで答えを出してくれと言われて初めて、二人が本気だということがわかってしまった。
お互いがライバルだからと現地集合になったし、宿泊も同じホテルではあるが部屋は別々。旅行を楽しむというよりも、泊りがけで違う土地に行くことで、翔太郎の本音を引き出そうという二人の目論見だった。
だが翔太郎は本音がどうという前に、果たして自分が同性を恋愛対象に見れるのかという基本的なところで戸惑っている。過去付き合った経験がないために比べる対象もおらず、かといって無理だと即断できるほどに嫌悪感があるわけでもない。淡い初恋の経験はあっても、生臭い性衝動に駆られたことはなく、自慰もほとんどしない。それでもどうにかなっていたし、それをおかしいと思ったこともない。だが、今、それを飛び越える決断を迫られている。
「どうしよう……」
翔太郎にしては珍しく弱音を口に出してしまい、そんな自分にまた戸惑っているのだ。
無理なら無理だと伝えることはできる。だが、無理なのかどうか自分でもよくわからないのであれば、いったいどうすればいいのやら。翔太郎は実家の祖母に相談したくなった。だがきっと祖母のことだ。人の色恋沙汰には口を出すものじゃない、とぴしゃりと跳ねつけられるに決まっている。結局自分で答えを見つけるしかないのだと、翔太郎はようやく腹を括った。
「なるようになるよな」
きりっと顔を引き締めくっと顔を上げるが、そこは電車の中。正面にいた若い女性が何事かと驚いて翔太郎をチラ見しながら同世代の連れとひそひそと話している。それに気づいた翔太郎は再び顔を俯けて、はあっと大きな肩を落として溜め息をついたのだった。
*****
ホテルに着くと、先に到着していた二人がそれぞれに待っていた。ロビーの端と端にいた二人が翔太郎の姿を見つけるや否や駆けつけてくると、すぐに手荷物を預かろうと手を伸ばす。だが翔太郎はそれを断り、部屋の案内だけを頼んだ。
観光ホテルは客で溢れていて、通路を歩いてただ部屋へ向かっている間も何組もの若い男女や家族連れとすれ違う。浮き輪やボールを持ってきゃっきゃとはしゃぐ姿を見ていると、翔太郎もだんだんウキウキしてきて楽しくなっていた。だがそんな翔太郎の前を歩く二人は、ちっともそんな雰囲気でなく、翔太郎としては残念でならない。せっかく来たのだから、三人で楽しめればいいのに、と心の中で呟く。そのためにはどうすればいいのか、翔太郎は本気で考え出していた。
「いい部屋だね」
シングルではあるがベットだけという印象はなく、小さいながらにもカウチがあり、窓からは海も見える。翔太郎は荷物をベッドの上に置くと、窓を開けた。途端に海からの風が部屋の中へ押し寄せ、翔太郎は思わず目を閉じてしまう。そして風に吹かれる髪をそのままに、背後の二人を振り返った。
「……」
翔太郎は思わず目を見開く。
そこにいた二人がそれぞれに風でなびく髪を手でかき上げていたのだが、タイプは違えど二人とも整った容姿をしているのだ。顔は小さく、脚は長い。翔太郎に及びはしないがそれなりに身長もあり、すらりとした肢体をラフなハーフパンツとTシャツという服装で素材を生かしているとでもいうか。
翔太郎はテレビを観ないのでアイドルや芸能人には疎いが、南田と東堂には負ける劣らずの存在感がある。翔太郎の近くに二人がいると他の人間があまり近づいてこないのは、そのせいもあった。もちろんそれだけではなく、二人は翔太郎が知らないだけで、大学ではけっこうな有名人でもあったのだ。タイプは違えど人目を引く二人。その二人が翔太郎を取り合ってると、実はかなりの噂になっていた。それを知らぬのは翔太郎本人だけで、あくまでもその二人をただの友人として認識していたのだ。
だが今やっと翔太郎は目の前にいる二人が、実はものすごく上等な部類の人間なのだと気づく。しかしそれでもやはり、どちらが優っているなどという判断は出来ずにいた。
「どうした、相模」
東堂が不思議そうに黙ってしまった翔太郎に声をかける。すると南田は翔太郎に近づき、その顔を下から覗き込む。
「疲れたかな? ごめんね。一人で来させて」
本当に心配してくれているのがわかったから、翔太郎は微笑んで首を横へと振った。
「大丈夫。ちょっと二人に見惚れてただけだし。今さらなんだろうけど、南田も東堂もめちゃくちゃイケメンだよなあ」
翔太郎がそう言うと、二人は目を見開いて一瞬あとにそれぞれに笑みを零す。
「やっと気付いたのかよ」
「そこが翔太郎のいいところだけどね」
呆れ半分に笑う二人の表情にはどこか照れも入っているように見えて、翔太郎は可愛いところもあるんだなあ、と微笑んだ。すると今度は二人して視線を逸らして「あ、じゃああとで呼びに来るから」「だな」と、そそくさと部屋を出て行ってしまう。
「? 出かける準備するのかな? よっぽど楽しみなんだなあ」
翔太郎がそんなことを呟いている頃、二人はそれぞれ両隣の自分の部屋に戻りながら、赤くなる頰を必死で隠そうとしていたのだった。
*****
三人でホテルの周囲を散策したあと、喉を潤そうとついでに入ったお洒落なカフェでは三人三様に目立つ姿に、女性客やスタッフたちからの視線を一身に受けた。だがもちろん南田と東堂は気づかぬフリをしたし、翔太郎に至っては男の三人連れが珍しいんだろうと気にもとめていなかった。
そんな翔太郎だったが、実はその散策の間中内心ちょっと困っていることがあった。
それが何かと問われれば答えることはできるが、その理由は自身でもはっきりとせず、二人と歓談しながらも通常より速い脈拍に戸惑っていたのだ。
原因は南田と東堂の服装にある。
海沿いのホテルに泊まり、海水浴場が目の前にあるのだから当たり前といえば当たり前だし、翔太郎も同じような格好をしているのだ。なのに、そのいつもよりも露出の多い隙だらけの二人を見た翔太郎はどきりとしてしまった。
二人とも海パンにシャツを羽織っただけで、南田は暑いのか肩も出してる始末。ほどよく筋肉のついた引き締まった腹筋を晒す東堂に、すらりとフォルムの綺麗な南田の肌は透き通るように白い。タイプの違いはあってもどことなく色気を纏った二人に、翔太郎は今まではなかった感情を持ち始めていた。それがどういうことなのかさすがの翔太郎も気づかないわけにはいかない。明らかに自分が二人に性的なものを感じているのは確実で、だがそれが恋心だとかそういった甘酸っぱい気持ちからくるものなのかは判断がつかなかった。
そんなことを考えながら二人に挟まれてホテルへ帰る道すがら、翔太郎は立てかけられたある看板を見つけた。
「どうしたの?」
南田が立ち止まった翔太郎を振り返る。東堂もなにごとかと立ち止まり、翔太郎が見ている先を視線で追った。
「へえ、花火か」
そう。その手書きの看板には今日の夜に隣の浜辺で花火が上がるという旨が絶妙なイラストと共に書かれていた。
「翔太郎、行きたいの?」
南田にそう訊かれると、翔太郎はこくりと頷いた。そして南田と東堂を見て「一緒に三人で行こうよ」と誘う。花火大会など久しぶりでさっきまでの考え事など忘れたかのように、翔太郎はわくわくしていた。
そんな期待に胸を膨らませた翔太郎の誘いを断る選択肢など万に一つもなく、二人はそれぞれに頷く。
「行こう行こう。楽しそうだね」
「早めに行って場所取りするか?」
行くとなったら楽しむのが信条、とばかりに楽しげな二人に、翔太郎も嬉しくなって三人であれこれと話しながらホテルへと戻ったのだった。
*****
花火大会は小さいながらも見物客も多く、盛り上がっていた。
そんな中、三人はすこし離れた見通しの良い場所を見つけてそこに並んで砂浜に座っていた。少なくはあったが屋台も出ていて、そこで買い込んだ食べ物と持ってきたビールを片手に酒盛り状態なのは、東堂と南田の策略でもあった。翔太郎を酔わせて本音を聞き出そうと企んだのだ。だがまさか翔太郎がそんな事を言い出すとは。
「……本気で言ってる? 翔太郎」
「ーー」
南田が驚いたように確認する横で、東堂は困惑したように黙り込む。
それはそうだろう。何せ翔太郎が提案したのは、翔太郎らしからぬものだったのだから。いや、翔太郎が天然で人がいいという事は知ってはいたが、そこにまさかの倫理観の欠如が上乗せされるとはーー。
もちろん南田も東堂もその辺は緩いので人の事は言えないのだが、純真無垢そうな翔太郎の提案には驚愕してしまった。
「ダメかな?」
返答のない二人に首を傾げる翔太郎の顔に、好奇心だとか背徳に酔うといった感情はまったくない。ただただ二人のどちらかを選ぶための手段としての提案なのだということが、南田にも東堂にも伝わった。そうと分かればノリがいいのは南田だ。スルリと両腕を翔太郎の首に絡め、顔を近づける。
「いいよ。ーーでも、翔太郎、俺たち二人ともを満足させられる?」
これには翔太郎も少しばかり目を見開いた。
「ここでいいの?」
いくら端の方とは言え、花火が上がる度に見物人たちの姿が翔太郎の目にもよく見える。ということは、相手側からも見えてるということだ。さすがにそれはいかがなものかと思案していると、東堂の呼ぶ声が聞こえる。
「おい。そんなとこでおっぱじめんなよ。こっち来い。ここなら目立たない」
そう言って人々とは逆の方にあった大きな岩影を指差す。それに翔太郎はほっとして、首に絡められた南田の腕を優しく解いた。
「あっちがいいよ。ね?」
翔太郎からそう言って微笑まれれば、南田はうっ、と声を失い小さく頷く。なんともないいつもの翔太郎のはずなのに、先ほどの彼のセリフがそこに含みを持たせてしまっていたのだ。
翔太郎に手を引かれた南田は、まるで自分が初めての恋に羞恥する少女漫画のヒロインのような気分になり、複雑になる。
もちろんそれを見ていた東堂はおもしろくない。だから近づいてきた翔太郎を岩陰に引き込むなり、その首の後ろを押さえていきなり翔太郎にキスをした。
「んんっ」
突然のことに驚いた翔太郎は一瞬身体を引こうとしたものの、東堂に逃すつもりはなかった。テクニックに関しては南田にも負けないつもりの東堂だったが、受け身にしかならないだろうと思っていた翔太郎から結果的に積極的なアプローチを受けてしまい、逆に喘がされこととなる。
「ーー……」
そう長いキスでもなかったのに、翔太郎から離れた東堂の息は上がり頰は紅潮していた。もちろんそれに対抗しない南田ではない。
三人全員が岩陰に入ると、翔太郎の提案通りの三人での饗宴が始まっていた。
ここで一つ誤解を解いておくと、翔太郎は三人で淫らなことをしようと提案したつもりはなかったのだ。ただ、二人に感じているものを確かめるには接触するのが一番妥当なのではと考えた。だから南田と東堂それぞれと抱き合う、わかりやすく言うとハグしよう、と言ったつもりだったのだ。しかし元来まともな性生活をしていたとは言い難い二人が、勝手に勘違いしたという流れなのである。
そして翔太郎はというと、いきなりのキスには驚いたが、そこに嫌悪感はまったくなく、それどころかその気持ち良さに夢中になった。だから東堂の口の中を積極的に味わった。
天然癒し系と言われる翔太郎も、男だったということである。
外だというのに積極的な二人にかわるがわるキスをされ、それに答える形でメロメロにしていく翔太郎は、本能とでもいうのか、その手は二人の肌を弄り小さな粒や陰茎、またはその奥にあるものまで長く太い指で躊躇なく触れた。
翔太郎と南田がキスをしている間に東堂が翔太郎の背後からジーンズのボタンとジッパーを下げ、そこを刺激し、解放された翔太郎の前に屈んだ南田が目の前の力を持ちつつある硬く大きなモノに口をつければ、翔太郎は後ろにいる東堂の頭をつかみキスをする。そして右手で南田の柔らかな髪を撫でながら、東堂の薄っすらと赤い胸と突起を弄り倒す。もちろん口は忙しなく東堂の口内を蹂躙しながらーー。
結果、南田も東堂も、どちらが選ばれるかといった勝負のことなどすっかり頭から飛ぶほどに翔太郎にでろでろめろめろにされ、当の翔太郎と言えば、初めての快楽の洪水にすっかり夢中になり、二人を足腰立たなくなるまで貪ったのだった。
*****
べたべたする身体は深夜の静まり返った海で洗い流し、三人は結局その日一緒にそこで朝日を眺めた。
水平線から昇る太陽の光は、寝不足の三人の目を焼きはしたが、気分はそれぞれにすっきりとしていたようである。
波の音だけが響く砂浜は幻想的でもあり、朝日を受けてキラキラと輝く水面を三人は無言で見つめていた。
足を投げ出し座る翔太郎に寄りかかった南田は惚けたように、翔太郎の太腿を枕に寝転がった東堂は今にも目を閉じ寝てしまいそうである。その中で翔太郎だけは、しっかりとその光景を楽しんでいた。
「キレイだね」
心から感動したようにそう呟いた翔太郎に、南田と東堂の二人は思った。
(ーー絶倫……)
朝日は今日も、滞りなく青空へと昇っていくのであった。
完
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お読み頂きありがとうございました。
それでは、三人の今後を妄想しつつ書き手は次の世界へと参ります。
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