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【売れっ子アイドルと海水浴デート】加々見凍花
「わあ……すごい。窓、開けていいですか?」
車が長いトンネルを抜けた瞬間、宝石箱のようにきらめく海が眩しくて、目を細める。港 は、運転席に座っている秀真 に訊いた。海水浴シーズンを少しずれさせたおかげか、海水浴客はまばらだ。
「開ければいい」
湿気交じりのしょっぱさを含んだ風が黒い髪をふわふわと動かしている。夏と海を満喫する。
オフの日にどこか行かないか? と訊かれ、海に行きたいと即答したのだ。
ああ、神様、仏様。全ファンに抜け駆けしやがってと怒られても、痛くもかゆくもありません。だって、彼らの貴重なオフに海水浴に行けるのですから。
「ありがとう、秀真、爽汰 」
本当は心の中でさん付けしているが、親しい友人になりたいからあだ名か呼び捨てで呼んで、と言われ、後者を選んだわけだ。
「港の笑顔が見られて、役得だね。だって、デートだもんな」
「で、でーと?」
「だな。爽汰がついてこなければの話だが」
デートという単語に、顔が熱くなり、窓に顔を向けた。おどけたように言っているくせに、言葉に茶化したニュアンスが全くない。おまけに、右隣から一瞬かち合った視線が太陽よりも熱くて、更にうろたえる。
彼らといられるのは嬉しいけど、まだ実感や自分の気持ちがわからない。出待ちするほど好きなアーティストと付き合っているなんて、まだ夢のようなでふわふわとしている。
「なんだって」
「まあまあ」
運転席と後部座席に乗っている彼らをなだめる。毎回、彼らのオフに遊びに行くときに聞くセリフに、仲がいいのか悪いのかわからない。
「ほら、港が困ってるじゃんか」
「服、着てくれているんだな」
運転している秀真が強引に話題を変えた。
「秀真と爽太が買ってくれたから、毎日着てます」
わずかなバイト代を貯金とツアー代、グッズ代に費やしているため、衣服に構っている余裕もないし、興味がなかった。
「貢ぎ甲斐があるな」
いつもセンスがいいと思っている秀真は、赤い髪を生かすため、できるだけシンプルで大人っぽい服装を着ている。ファストファッションの黒い半そでTシャツを着ている。
モデルとアイドルを兼任している爽汰は、白い髪に合うよう、空色のリネンシャツに濃紺のパンツを合わせている。爽やかな夏の空のような色合い。やっぱり何を着てもカッコイイ。
「そうだね。今度は何を着せようかな。港はもとがいいからな。飾り過ぎちゃいけないね」
後部座席から、髪の毛を指先でもてあそばれる。
「色白できれいだからな。もっとそれを生かさないと」
秀真まで称賛するものだから、くすぐったくて、顔をくしゃりとゆがめる。
「そんなことないですよ。僕なんか引き立て役ですし」
「何言ってるんだ。読者モデルに応募してみたらどうだ。俺たちが謙遜しているわけじゃないとわかるぞ」
そんなにきれいなのか。彼らと出会う前は、女っぽいオタクにしか過ぎなかったのにな。
「ね、応募してみない?」
「しないです」
「海の王子さまは?」
意地悪く秀真に問いかけた爽汰は、たちの悪い笑みを浮かべている。
「言うな、あれは黒歴史だ」
「どういうことですか?」
「いやあさ、秀真が芸能界入りしたイベントのこと。確か、お母様にエントリーシートや履歴書などを勝手に提出されていて、当日無理やり出場したんだっけ?」
「まあ、そんなことだ。それ以上掘り返すな」
「わかったわかった。そんで、色々あって俺とfurious をやってるわけ」
「そうだったんですか。初めて聞きました。もっと聞きたいですけど、」
窓の外を見ると、駐車場に車を停めている最中だ。 プライベートな話などができて、彼らのことをまた一つ知ることができた。と同時に、会話を切り上げないといけない寂しさを覚える。
「そんなに残念そうな顔するなよ。ホテルでじっくりと聞かせてやる」
果たして聞けるのだろうか。ドキドキしながら、彼らを見やった。
彼らが所属する「furious 」は、一昨年ファーストアルバムを販売し、ランキング1位を何週もの間キープし続け、CD不況ともいえる時代に、ミリオンヒットまではいかなかったが、売れ行きも上々らしい。
それだけではなく、新人賞やツアーも成功させ、激しく繊細なダンスと二人の声に、魅了される女性ファンが続出している。おまけにルックスも申し分ない。ホスト崩れとか、こんなものかという声が聞こえてこないらしい。
彼らのことが好きかと訊かれたら、仕事も私生活での素の彼らも好きだとはっきりと言える。初めてライブに参加した時は、姉の友人の代わりだったが、一目見てライブの一体感とパフォーマンスと声などすべてに圧倒された。帰りの電車に乗る頃には、ファンと交流会をしたり、積極的に交流したり、グッズを購入してしまったのだ。
激しい嵐を巻き起こす積乱雲のようなすさまじいエネルギー源のような彼ら。引き込まれてしまった自分は、迷惑だと思うが出待ちもしたし、ファンとの交流会があったら、十通くらい応募した。女性ファンが大多数を占めているから、男性ファンが否が応でも目立つ。それを逆利用し、ラインIDを交換し、時たま連絡を取り合う仲になったのだ。女性なら、そう簡単にいかなかっただろう。スキャンダラスな記事を書かれては、彼らの成長に影響を及ぼすからだ。
それだけではなく、ラインで連絡を取り合ううちに、あからさまに好意が混じった文章が時たま送られてくるようになった。
曖昧な態度で逃げようと考えていたが、あちらのほうが一枚上手だった。あれとあれよと言う間に、彼らの事務所のアルバイトになって痛し、「君がいないと寂しい」、「大切な人に最高のステージを診てもらいたい」と言われ、表向きは事務所のアルバイトに研修させるという目的で、チケットを融通してもらうようになった。もちろん、関係者席である。
ツアー中踊り切る体力をつけるために、厳しいトレーニングやボイストレーニングをしていることを港は知っている。彼らはいつも隠してくるが、頑張っている姿がかっこよく、応援したくなる。重症だなと思っている。が、アルバイトとして彼らと少しでも関われるなら、目いっぱい応援すると決めている。
爽汰と秀真が興味関心を持っていることといえば、非公式ながら、彼らが恋愛感情を持っていると仮定した二次創作のことだ。偶然、検索したら、イラストや小説を投稿できるサイトで爽汰が見つけたらしい。非常に感激した様子で、「俺たちのことを俺たち以上に観察して、考えてある。書いてくれて嬉しいよ」と悦んでいる姿を見て、何とも言えない気持ちになったのだ。
「俺たちはオフまで一緒に遊ぶ仲じゃないんだ。君と出会うまではね」
爽汰が海を見ながら、なつかしそうにそう言った。
「なのになぜ、一緒にいるのかわかるか?」
港は、首を傾げ赤面した。もしかして、僕と一緒にいたいから……?
「僕と一緒にいたいから、ですか?」
「正解! 俺としては、港と一緒にいたかったのにな」
いつもファンに向けている笑顔じゃない、プライベートの――素顔の笑顔だった。名との海よりもきらめく笑顔と瞳を独り占めしている。
「こいつが抜け駆けしようとするからだ」
目は笑っているものの、不穏な雰囲気が漂っている。
「僕とだったら、週刊誌もマスコミも騒ぎませんもんね」
「そう言う意味じゃないんだ」
更に微妙な雰囲気になった頃、海水浴場の駐車場に駐車した。
「わあ……」
港の気分は上昇する。早く行こうと彼らを急かした。更衣室で日焼け止めクリームを塗り、着替えた彼らと一緒に出てきた。が、やはりアイドルと一般人の差は歴然としており、場違い感が半端じゃない。
空色のラッシュガードから見える素肌は日に焼けていない。だが、長時間のライブのパフォーマンスでも最初から最後まで踊っていても、疲れを見せない体力と筋肉がついている。それが余計に彼らを「男」だと認識してしまい、興奮する。直視できない。意識し過ぎたせいで、日焼けをしていないのに、顔が熱い。
「どうしたんだ、港」
「俺たちがイケメンだから、緊張しているのかな?」
「恥ずかしいんです。そのグラビアを見たことがあるのに、実際に見るとすごく……」
「なら、慣れるまで、凝視していればいいんじゃない」
爽汰が肩のラッシュガードをまくり、はだけさせた。途端、変な声が漏れそうになった。青い海と空に、彼の真っ白い髪が映える。透明なビニールバッグの中に入っているデジカメで彼らの姿を撮りながら――マネージャーも写真のデータが欲しいと言っていた――砂浜を歩く。趣味と実益を兼ねたデートだ。
「そうだな、それがいい」
彼らに見とれて、砂に足をとられビーチサンダルが脱げた上に、貝殻が容赦なく素足に刺さる。
「うぉ……」
色気のない声だと思いながらも、転ぶのだけは避けようと両手を前に突き出した。が、砂浜に両ひざをつく衝撃ではなく、両側から手を引っ張ってくれた。
彼らが心配そうにのぞき込む顔に、赤面する。
「大丈夫?」
「焦らなくてもいいよ」
「ありがとう」
片方ずつ握られた手に力を入れられた。振動で、細かい貝殻や石がぱらぱらと落ちていく。
「ねえ、港。港はどっちを選ぶ?」
「俺か? それとも爽汰か?」
答えは一つ。
「爽汰と秀真、両方好きです。どっちも選べないですよ」
やっと手を離してくれたので、脚などに着いた砂を払った。
「やっぱり、港には勝てないや。秀真とはんぶんこすれば、
足などに着いた砂や細かい貝殻を手で払いながら、波打ち際まで歩く。つま先で波を蹴ったり、秀真にカメラを預けて爽汰と海水の掛け合いをしたり、かき氷を食べたりした。海の家の従業員にカメラを渡して、写真を撮ってもらった。
さびれかけた海の家に来たトップアイドルに、そこは一時騒然となった。ファンとツーショット写真を撮ったり、バッグの中に入っているボールペンとメモ帳にサインを渡したりするなどファンサービスをしていた。
彼らの気前の良さに惚れ直すとともに、彼らに近づく女性たちに嫉妬している自分に気付く。面白くない。物思いにふけていると、爽汰が肩を叩いてきた。あらかた終わったのだろうか。
「集まってくれて、本当にありがとう。これからも、『furious』をよろしくね」
「よろしく!」
どちらかと言えば、話すのが好きな明るくて元気いっぱいの爽汰と、寡黙で大人びた秀真の対比が、「furious」のファンを増やしている要因なのだ。
「ホテルに戻ろう」
「そうだね。太陽の下ではしゃいでいたから、少し疲れちゃいました」
§
「やっぱり焼けてるね」
「爽汰が海水をかけるから」
「ごめんごめん。ボディークリーム塗ってあげるから許して」
爽やかな柑橘系の匂いがするクリームを秀真と爽太が手に取り温めた後、港の身体に塗っていく。段々と手つきが愛撫に近くなり、触られると変な声が出る部分らへんを20本の手がバラバラに動く。
爽汰の手は胸らへんを、秀真の手は内股や尻周辺を撫でている。荒い吐息に、母音が混じる。
「ちょっと……、塗るだけって言ったじゃないですか」
「塗るって言った時に頷いたよね?」
「そうだな」
「オレたちのものにしていい?」
「いいか?」
抱かれるときの常套句だけれども、任せろというニュアンスが強い。 彼らの目は真剣そのものだった。肌が焼け付きそうなほど熱い。夕方から……という抗議は受け入れてくれそうにない。
「優しくしてください」
「うんと気持ちよくしてあげる」
その言葉を合図に、本格的に愛撫された。
港の身体を後ろから抱き胸やうなじに跡を残す秀真と脚の間を陣取り、ほぐされた後孔に長大なものを出し入れしている。
「あっ……、ああっ」
「…………ッ」
爽汰が最奥に熱を吐き出し後、秀真が入れ替わってきた。
二人ともスキンシップが好きだが、外では記者がいるので絶対しない。
その反動か、室内に入ると執拗に繰り返す。
キスの仕方も愛撫の仕方もちょっとずつ違う。やっぱり二人と一緒がいい。
波のように繰り返す愛撫と絶頂と律動に翻弄され続けた。
§
『「furious」の二人、やっぱり仲がいい💕』
『この写真を撮った人誰だろう?』
『愛されてるなあ』
『「furious」と会ったファン、うらやましい‼︎(顔文字)』
『シュウくん、爽ちゃん、ダイスキ(照れる顔文字)』
などなど、SNSにあげた写真や文章、ブログにたくさんの反応をもらった。
彼らと海でデートしたときの写真は、SNSにアップされ、瞬く間に世界に拡散され、永久保存しておく写真がとれてよかったなと港は思った。
「何やってるの?」
事務所の机で、パソコンを見ていると聴きなれた声が聞こえてきた。
びくりと体を揺らした後、背後から話しかけてきた爽汰と、その右横に立っている秀真を見た。
「思い出の写真を整理しながら、ファンのコメントを読んでいたんです」
「ありがたいよな」
「もっと愛されるために頑張らないとね」
港は二人に微笑みかけ、ぎゅっと抱きしめた。
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