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根付・1
「涼ちゃん、これはなあに?」
「大山桜 です。このお屋敷のお庭にもありますよ。」
「そうだっけ?涼ちゃん詳しいねぇ。」
初めて出会った日に僕が夢中で描いていたソメイヨシノが花弁を落とし、別の桜が咲き日中は半袖で過ごせる気候になった頃。耳まで桜色に染めてぶっきらぼうな挨拶をした涼ちゃんの表情は随分と和 らぎ、そして彼の表情が和らぐにつれ僕は涼ちゃんを本当の兄のように慕って後をついて回るようになった。きっと鬱陶しかったろうと思う。しかし涼ちゃんはそんな素振りを一度も見せたことがなく、幼子特有の質問攻めにも丁寧に応えてくれる優しいお兄ちゃんだった。
僕はそんな涼ちゃんが大好きで、口癖のように言っていた言葉がある。
「僕、大人になったら涼ちゃんと結婚したい!」
小さな子どもの戯言 に涼ちゃんはいつも頬を桜色に染めて黙ってしまい、それを目撃した父母は大らかに笑い、執事を務めていた涼ちゃんのお父さんは苦笑いをした。
「大樹様は将来立派なαの方とご結婚なさるのですよ。」
幼い僕はその意味がわからなくてただただ首を傾げた。のこと。それは小学校に入ってすぐ、保健の授業で学んだ。
全ての生き物は男女の他にもうひとつ性別を持っていること。成績優秀な人が多いα。大多数のβ。子どもを産むのが上手なΩ。先生はそう言ったけど、僕は自分がΩだってことを小学校に入る直前に聞かされていたから知っていた。
Ωはお仕事を見つけるのが大変なんだ、と。
だから僕は結婚して、お仕事をせずにお家でご飯を作ったりお掃除をしたり、子どもを育てたりするんだ、と。Ωは生き辛い世の中だから、大好きな人と家庭を築いていくことに幸せを見出せるといいわねと母は笑った。
「それなら僕、涼ちゃんと結婚したい。」
僕はそのときもそう言ったけど、返ってきた答えは同じだった。
「…俺は、βだから。」
その時の涼ちゃんの表情が、苦虫を噛み潰したような、なんとも言えない表情だったのをよく覚えている。
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