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根付・2
数年後のソメイヨシノが咲く頃、涼ちゃんは一足先に中学校に入学した。それと同時に父親から執事としての仕事を教わり始め、そして一年が経って再びソメイヨシノが咲く頃に僕も中学生になった。それを機に少しずつ執事として僕の側に仕えるようになった涼ちゃんとは、明らかに今までのような関係ではいられなくなっていた。
隣を歩いて僕の手を引いていた涼ちゃんは、僕の3歩後ろを歩くようになった。
一緒に飲んでいたリンゴジュースは紅茶に変わり、その紅茶は涼ちゃんが入れるようになった。
まだまだ不慣れでできないことの方が多くて落ち込んでいることが多かったけれど、僕は涼ちゃんと一緒にいる時間が増えて嬉しく思っていた。
しかしそれも束の間。
学校からの帰り道、僕は目撃してしまった。
見慣れた後ろ姿の隣に、女の子。その女の子の白く細い指先は涼ちゃんの男らしい節くれだった指先と絡み合っていて、その女の子がただの同級生或いは先輩後輩ではないことを表していた。
僕はくるりと背を向けて、二人から離れた。
当てもなくずんずん突き進む。しかし結局たどり着いたのは家だった。
眼前に広がるのは、今は青々とした葉をつけているソメイヨシノ。涼ちゃんと出会った樹の下に僕はしゃがみこみ、抱えた膝に顔を押し付けた。
「…毛虫、降ってこないかな。」
毛虫が降って来たら、この涙を毛虫のせいに出来たかもしれない。しかしそう都合よく毛虫が降って来るわけもなくて、僕は自覚せざるを得なかった。
涼ちゃんの隣を歩く彼女に嫉妬した。
彼の隣は僕の場所だった。
年齢が二桁を超えた僕は流石に理解していた。
自分の家が裕福で、涼ちゃんは執事の見習い。隣を歩くことを許されたのは幼さゆえだということを。きっとこの先、涼ちゃんが僕の隣を歩くことはないのだろうと。
どうして、大好きな涼ちゃんと結婚できないのか。
それは僕が裕福な家のΩで、同じく裕福な家のαに嫁ぐことが決まっているから。βの涼ちゃんには入る隙間がないからなのだと、僕はいつのまにか理解していた。
「涼ちゃん…」
返事をしたのは、風に揺れる桜の葉。
ざわざわとした囁きがまるで幼い初めての恋を嘲笑っているように感じて、僕はその場を後にした。
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