10 / 14

花芽・1

涼ちゃんは、その後すぐに執事の仕事を辞めた。 受験勉強のため、と聞いた。 ガーデニングの勉強をしにイギリスの学校に行きたいらしい。庭師に、そしていずれは樹木医になりたいのだと、僕はその時初めて知った。そういえば涼ちゃんは小さい頃から木々のことに詳しかったな、と、やっと思い出したくらいだ。 僕は一体涼ちゃんのなにを知っていたんだろう。 ずっと側にいて面倒を見てくれた。最後の最後、発情期の面倒だけは見てくれなかったけど、それも正しいことをしただけだ。 僕はあれ以来きちんと抑制剤を服用して発情期を起こしたことはない。ちゃんと薬が効く体質で良かったねと何人もの人に言われた。 そうして日々は過ぎ去っていき、涼ちゃんは無事希望の学校に合格し、真夏の厳しい日差しに緑の葉が活き活きと輝くお盆の頃、高校を中退し飛行機に乗って旅立って行った。両親と共に見送りに行ったけど、一度だけ目を合わせて会釈をしてくれただけ。 その視線に熱を感じたのは、きっと僕の都合のいい勘違いだ。けれどその勘違いを、僕は思い出として大事に記憶の隅に残している。 「涼太郎君は立派だな、大変だろうに…」 涼ちゃんが旅立った夜、父が感嘆のため息とともにそう呟いた。隣には涼ちゃんのお父さんがいて、謙遜しながらも息子を誇りに思っていることがよくわかる嬉しそうな表情をしていた。 「大樹様に生涯お仕えするんだぞと言い聞かせていたのですが…いやはや、いつのまにかアレも男になっておりました。」 ハハハ、と涼ちゃんのお父さんは苦笑した。

ともだちにシェアしよう!