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白色チューリップ
サクラサク。
そんな言葉が嬉しいのは学生のうちだけだ。俺は目の前が真っ暗になりながら社長の長ったらしい、もとい有難いお話を右から左へ流していた。
入社式なんて、人生の墓場だ。
父さんや兄さんを見ていればわかる。朝は満員電車に揺られ会社では怒鳴られ夜遅くまで残業。それがあと40年近くも続くなんて、墓場どころか地獄だ。
可愛い嫁さんでももらって、可愛い子どもが出来たりしたらまた少し人生明るくなるのかも。なぁんて、どうせ嫁さんが可愛いのなんて子どもができるまでだ。子どもを産んだ女は獣になると義姉を見ていて悟った。女って怖いのだ。
脳内お花畑が許される高校生大学生こそ人生の頂点と信じて疑わない俺は、もう枯れた気分である。
ようやく終わりが見えてきた社長の有難いお話は8割がた忘れてしまった。嘘だ聞いていなかった。俺はバレないように欠伸を噛み殺して、同期という関係性になるだろう俺と同じ新入社員たちを見渡した。
どいつもこいつもみんな同じ顔。極々一部、真剣な眼差しの者を除けばみんな同じ、早く終わらないかなつまらないな、とでも言うような顔だ。そりゃあそうだ、俺だって同じ気持ちだ。
何度も何度も欠伸を噛み殺してようやく終わった入社式。
俺は席を立ってぐいーっと伸びをして肩を回した。まだ社会人1日目なのにもう肩が凝った。幼少の頃からずっと続けた水泳で培った筋肉美が成す自慢の逆三角形も、ほんの数年で脂肪に成り下がるんだろう。最低だ。
あーあ、なんかいいことねぇかなぁ。
そう思いながら真新しいビジネスバッグを肩に担いで帰路につくべく、くるりと振り返る。その時、どん、と肩がぶつかった。
「あ、すいませ…!?」
俺は目を疑った。
サラサラの黒い髪、ぱっちり二重のまんまるおめめ。すっと通った鼻筋にぷっくりとした赤い唇。
さながら昔々絵本で見た天使のようなその青年…そう、青年に向かって、俺はあんぐりと口を開けた。
「来栖 !?」
「げっ…」
あからさまに、嫌な顔。
ここであったが百年目、今日という今日は目的を果たしてみせる。俺は座りっぱなしで凝り固まった体など綺麗さっぱり忘れてツカツカと来栖に歩み寄った。来栖の顔が恐怖に引き攣る。今にも逃げようかと背中を向けたその腕をガシッと掴んで、俺は人目を憚らず思い切り叫んだ。
「お友達から、よろしくお願いします!!!」
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