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3日目・朝ー5

「うん。それじゃあお願いして良い?」 「はいはい。ちょっと待っててね」  おばあちゃんが台所に引っ込もうとした時、設楽は小さく「ごめんね、ばあちゃん」と謝った。 「俺、別に美智や優兄が嫌いって訳じゃないんだ。ただ……」  その先を、おばあちゃんはふふっと笑って遮った。 「若いってのは良いねぇ」  ニコニコ笑いながら台所に去っていく後ろ姿を、設楽は申し訳ない気持ちで見送った。  お弁当が出来るまで、2人で縁側に座っていた。迫るように連なる山々の上に青い空が広がり、白い雲がぷかぷかと浮かんでいる。 「智恵子は東京に空が無いという」  大竹がぼそっと呟くと、「ここは阿多多羅山じゃねーよ」と設楽が突っ込んで、2人で小さく笑った。そうして笑っていると、おばあちゃんがおにぎりや卵焼きをホイルに包んで持ってきてくれた。 「あらあら、楽しそうね。はい、お弁当」 「ありがとうございます」  大竹が受け取ると、お弁当を作ってくれたはずのおばあちゃんの方が深々と頭を下げた。慌てて顔を上げて貰うと、おばあちゃんはひどく真剣な顔で大竹に訴えかけた。 「先生、智一は時々カッとなることもありますが、本当はとっても優しくて良い子なんです。あの……」  おばあちゃんの小さな体は、可哀想なくらい設楽への心配で一杯になっていた。普段離れて暮らしている大切な孫の身を案じ、学校の教師だという大竹に悪い印象を与えないように必死なのだろう。先程までその場を丸く収めるために笑っていた顔も、本当ならずっと心配して、切なくなっていたのだろう。それを笑顔に押し込めて、設楽や大竹が気まずくならないように……。  大竹はそんなおばあちゃんに向かって、その心配を払拭するように、きっぱりと言い切った。 「知ってます」  おばあちゃんに向けられたその顔は、設楽でも滅多に見たことがないくらい優しい顔だった。 「設楽が優しくて良い奴だって事は、俺もよく知ってます」  おばあちゃんは大竹の顔をじっと見つめると、ほっとしたように小さく笑い、もう1度深々と頭を下げた。 「智一のこと、どうぞよろしくお願いします」  おばあちゃんはそのまま、2人が並んで出かけるまで、ずっと玄関先で頭を下げていた。

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