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第23話

てっきり久川に誘われると思ったのに、久川の車は道路を右折し、片倉はそれ以上に言葉が出てこない。  すると、久川はそんな片倉の様子を感じとって、声をかけた。 「本当は先生と折角、会えたからどこかに行きたいなって思うんですよ? でも、明日は7月の参観日ですよね?」 「ええ……明日はそう……ですね」  久川の言葉に、明らかに自身の声のトーンが下がってしまっているのに、片倉は気づいていない。そう言えば、他に人の目がない時の久川は大抵、片倉を健人さんと呼ぶのに、車に乗ってからも先生と呼んでいるのではないか。  その事実に、片倉の声だけでなく顔までも曇っていく。 「あ、そうそう。学校の先生って8月のお休みってどうなっているんですか?」 「えーと、多分、先生によってはお盆でも当番とかで学校へ来られたりすると思うんですけど」 「あ、すみません。片倉先生はどうですか?」 「私の場合は8月に泊り込みの研修もあるので、お盆とか研修がない日で休める日は休みなさいと言われています」 「成程、働き方改革ってヤツですね」  久川が笑うと、「それだったら」と切り出す。 「8月13日、もしくは14日。1日。どこか遠くへ行きませんか? 先生と俺を知っている人がいないそんな場所へ……」  久川の運転する車はそこで丁度、片倉の生活しているアパート前に着く。まだ日が沈み切るには早い時間で、久川の整った顔が優しげに片倉を見つめている。  片倉は「はい」も「いいえ」も言えず、頷くと、久川は去り際に1枚のメモ用紙を数枚、半分に折ったものを渡してきた。 「良かった。俺は先生さえいれば、どこでも良いんですけど、幾つかプランの候補を書いてみました。13日か、14日か。どちらの日が都合が良いか。どこへ行って、何をしたいか、考えておいてくれますか? そうですね。できれば、明日までに」 「明日までに?」  それは暗に明日の参加日には灯英の叔父・光臣ではなく、叔母・夏英でもなく、久川が来るということなのだろう。  久川の車が走り去っていくのを見送ると、片倉はパタンとアパートの自分の部屋に入って、久川から渡されたメモ用紙を眺めた。そこには暗がりではっきりとは読めないものの、沢山のプランが書かれていた。 「断らないといけなかったのに、断れなかった」  というより、断りたくなくて、久川に惹かれていく自分に片倉は胸が締めつけられそうになる。 「せめて、奥さんよりも先に……彼に会うことができれば良かったのに」  片倉はポツリと呟くと、暗くなっていく部屋の電気のスイッチも点けず、夏の熱気でじっとした壁へと身体を預けた。

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