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第63話

「健人、健人……」  久川の声が遠くで聞こえたかと思うと、片倉は重く閉じていた目蓋をこじ開けた。一瞬、久川の姿も自身が目覚めた場所も幻のようにも思えたが、下半身の、スッキリとした感覚と、それに反して、どこか鈍い感覚が夢でも幻でもないのだということを片倉に主張してくる。 「みなと……」  まるで酩酊したように、久川を呼ぶと、布団から立ち上がろうとする。 久川に抱かれる前に乱雑に敷いたものとは違い、丁寧に敷かれた布団に、丁寧に着せられた衣服。  だが、立ち上がろうとすると、片倉の身体はぐらりと揺れたようになり、布団に戻され、座り込む。 「多分、健人、起き上がれないと思うから俺、少し車で何か買ってくるね。何か、リクエストある?」 と久川は聞くと、片倉は横になったまま首を振った。 「健人?」  もしかしたら、昨晩、やりすぎてしまったのではないかと思い、久川は急いで、片倉の顔が見える位置へと回り込む。  すると、片倉ははにかんだように言った。 「もう少し、傍にいて欲しい」 「えっ?」 「昨日は夜だったから、あまり港の顔が見えなかったんだ。だから……」  という片倉の言葉は続かなかった。  久川の腕が片倉を抱きしめて、そのままゆっくりと片倉諸共、布団へと倒れ込んだ。 「やっぱり、健人は可愛いね」 「かわ……」  片倉の否定する唇を久川は優しげな垂れた目の美しい顔を片倉に近づけて、唇で奪って否定する。 「勿論、可愛いだけじゃない。先生として子ども達に向き合う姿、身も心もしっかりとして、こんなどうしようもない俺を好きでい続けてくれた。挙げれば、1日中、挙げて語っても、足りない」  好きだ、好きだと繰り返す久川に片倉は流石に照れて、「やっぱり、早く何か買いに行って」と布団から追いやった。 「じゃあ、行ってくるね」  と、久川は布団から這い出ると、片倉に向かって、名前を呼んだ。両手の親指と人差し指とで四角形を作り、片倉に向ける。 どうやら、カメラのピントを合わせているようだった。 「み、港?」 そのカメラと久川の優しげな垂れた目に写るのは真面目な面持ちながらも、少し照れたように笑う片倉だった。

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