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第2話

 乃木院長設計による建物は、日本風と彼が留学したドイツ風が上手に調和した重厚ではあるが洗練されたものだ。その雰囲気は教室に居ても分かる。  その洗練された教室の中で、晃彦は片桐に気づかれないように飽かず見詰め続けていた。授業中も、教官の言葉を聞き漏らさないようにノオトを取りながら鉄が磁石を求めるように、片桐の顔を窺ってしまう。片桐は真剣な顔をして教官の話を聞き、ペンを走らせている。集中しているのだろう、眉間に皺を寄せている。  その表情に、晃彦は教官の言葉が頭の中を素通りしていく。   これほど人に惹きつけられるのは初めてだ。目が、離せない。  晃彦が最初に彼と出合った時、名前を聞いた刹那、憎悪の瞳で彼を見詰めていた。  学習院は、皇族・華族の子弟のために設立された学校だ。平民はよほどのことが無い限り入学は不可能だ。華族は、上から公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵に分類される。明治維新で功績を挙げたものは功績次第で爵位を与えられる。また、このような分類方法もある。公家華族と武家家族だ。公家華族は代々天皇陛下に仕えてきた貴族が爵位を与えられる。  武家華族は、大名家の中で明治維新前後に功績が有った人間は上位を与えられ、逆賊になった大名は下位を与えられた。晃彦も片桐も武家華族だ。  華族は年金が国から爵位に応じて支給され、税金も納付する必要はない。華族の暮らしに見合った生活をしている限り豊かな生活が保証される。平民から見ると華族は特別であり話し方から生活の有様まで別世界だ。接点もあまり無い。有るとすれば使用人や出入りの商人くらいなものだ。  晃彦は物心ついてから、自分の生活を当たり前のように感じていた。洋館に住み、父の後を継いで立派な加藤侯爵となることや、そのためには勉学と運動に励み華族らしいマナァを学ぶことが今の自分に出来ることだと思っていた。そのために努力はしていた。勉学も運動も学年で1番か2番だった。 以前、廊下に張り出された順位を見て、三條は、 「君が1位か。で、2位は、片桐君か。彼も努力家だ」  彼は公家華族のためか鷹揚かつ人が良い。 「片桐には、絶対に負けられない」  厳しい顔と冷たい声で言った。 「そうだな、因縁があるからな、確かに負けられないよな。君には。」  真顔で言った。 「まあ、明治維新など、俺たちには昔の話だが、君や片桐君はそうではないからな……」

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