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第3話

「ああ、加藤家は肥前42万石の大名だった。そして、徳川軍と戦った。隠居していた祖父は参陣を望み、父と共に出陣した。東北の大名たちは徳川に味方していたから祖父と父は東北を目指した。その道半ばで会津の城攻めを行った。城の天守閣から鉄砲の弾が跳んできた。それが首に当り祖父は死亡した。落城してから会津藩士に聞くと、その新式鉄砲は藩主しか持っていないという。藩主は片桐徳成、つまりは今の片桐伯爵だ、片桐の父上の」 「つまりは祖父様の仇ということだな…」  真剣な顔をして三條が言う。しかし、このことを打ち明けたのは初めてのことではない。ずっと、父から聞かされていた話なので、折にふれ三條には打ち明けてきた。 「しかし、片桐君個人には関係の無い話だろ」 「いや、屋敷では片桐の名前を言うことすら出来ない雰囲気だ。父も内心は恨みに思っていることくらい家族のものなら感じるさ」 「そうか。君がそう言うのなら信じよう。俺も片桐の名前を出したのは悪かった。忘れてくれ」  気分を変えさせるつもりか、晃彦の背中を軽く叩く。  初めて出会った時は、初等科の時でもあり皆があだ名で呼んでいたので気づかなかった。中等科の時は組が違い、「あの片桐」の息子が同じ学年であるという噂を耳にするだけだった。自分からどの生徒か積極的に確かめようとはしなかった。高等科に入ってすぐの頃、クラスメエトになったことを知った。ほとんどが顔見知りの学校のことなので、自己紹介も簡単に行われた。そこで知ったのだった。 「あいつが片桐の息子」  そう思って憤りを孕んだ瞳で睨み付けた。片桐もその視線を感じた。こちらを向いた。一瞬眉間にしわを寄せ大きな瞳を細めて何かを言いたそうな眼差しを浮かべた。が、我に返ったように視線を逸らせた。それからの片桐は加藤に喋りかけることもなく、お互い無視しあう状態が続いた。加藤は相変わらず、黒い瞳に憎悪の念を浮かべて片桐を見ていたが、片桐の方は気づかないふりをしてその瞳をかわし続けていた。  ―その均衡が崩れた切っ掛けは―  ある冬の日、加藤がいつものように通学のために自分の屋敷を出るところだった。加藤邸では女中頭でありながら執事の役割をしているマサが、「晃彦様、午後から雨になるとのことです。傘をお持ち遊ばせ」と声を掛けてきた。その横には母の真津子が見送りに立っていた。

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