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第39話(第2章)
彼とはあれ以来口をきいて居ない。この手紙が突破口になるのは分かっていた。
「彼の屋敷は知っているのか」
「所番地は知っているので分かると思う」
「車で送らせようか」
心遣いに感謝をしたが、謝絶した。歩きたい気持ちだった。もしくは走りたいような。
その後の授業の時も、そうして休み時間も気になってしまい、いつも以上に片桐の方を見て居た。授業中はいつもと変わりなく集中して先生の話を聞いて居るようだったが、休み時間は、ノォトや教本などに目を落としていた。誰にも話しかけられたくないかのように。しかし、教本のペェジは捲《めく》られる事なく、他の事を考えて居るのが分かる。
帰校時間になると、片桐は誰にも挨拶をせずに教室を後にした。これも普段の彼の態度ではない。少しの間を置いて、片桐の屋敷に向かおうと席を立つと、三條が笑いかけてきた。
「報告を僕は楽しみにして居るから。頑張れよ」
会釈をして教室を出て行った。後を追う様に教室を出て、記憶していた片桐の屋敷の所番地を探しながら早足で歩いた。その時、家の事情の事も、父母の事も全く思い出さずに、ただ、片桐が何を言いたいのかだけが気に懸かっていた。
「此処《ここ》か」
自分の屋敷よりも幾分小さめだったが、洗練された白い洋館に「片桐」の表札が出ていた。門番に声を掛けると、制服で分かったのだろう。
「武明様の御学友でいらっしゃいますか」
そう言って玄関まで案内してくれた。使用人が数人出迎える。その気配が分かったのだろう、屋敷の中からこの時期に相応しい、緑色の華やかな振袖を着た令嬢が現れた。片桐と良く似た、白い顔と大きな瞳、桜色の少し厚めの唇をした綺麗な人だった。妹が居る事は聞いていたので、彼女がそうなのだろうと見当を付ける。
「貴女達は下がって良くってよ。お兄様のお客様ですもの。わたくしが案内する事にしますわ」
笑顔で会釈をして来る。
「初めまして。三條です」
何気無い顔をして挨拶をする。するとクスリと愛らしく笑った。
「ようこそ。『加藤』様」
彼女の後に付いて廊下を歩きながら小声で言った。同じく小声で、疑問を口にした。
「ご存知なのですか。私の本名を」
「ええ、兄から伺いました。兄とわたくしは良く話しますのよ」
頭の上で結んだリボンが揺れた。どうやら笑っているらしい。
「気に成らないのですか……、私が加藤家の人間でも……」
一番の懸念を質す。
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