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第40話(第2章)
「ええ、気に致しません。わたくしは女子として生まれました。どうせどちらかに縁付く身の上ですから、兄ほど父から過去の話は聞かされておりませんし、其れに何より、兄のお陰で学校でも光栄な事がございました」
「そうですか……光栄な事とは……もし伺って宜しいのでしたら」
「勿論ですわ。絢子様が親しく話し掛けて下さいました。わたくしにとっては雲の上の方です。それに園遊会の事も伺いましたわ。わたくしはこの家で育った人間でございますもの。ああいう華やかな場所に参った事はございません。加藤様には本当に感謝致しております。こちらが兄の部屋ですわ。お茶の支度をして参ります」
「いえ、それには及びません。二人きりで話しをしたいので」
そう告げると悪戯っぽい微笑を浮かべて、頷くと「どうぞごゆっくり遊ばせ」と言って立ち去った。
「こんなに早く来てしまって済まない」
そう言ってドアが開くのを待った。静かに扉が開く。片桐は、先に帰邸していたにも関わらず、制服姿のままだった。普通は帰宅すると室内着に着替えるのが常識だ。彼のこれまでの行動から察すると充分な躾《しつけ》は受けている筈だった。制服姿で居る事は、多分彼が何か他の事に――多分自分の事に――気を取られているように思えた。
「いや、こちらこそ急に呼びたてて済まない。話が有る。聞いてくれるか」
そう言った彼の瞳は覚悟を決めた人間のように澄み切った湖面のようだった。ほのかに微笑んで居た。
「御両親は、ご不在とか」
緊張を紛らわせる為に聞いてみる。片桐は立ったまま、右腕を動かし人差し指を唇に押し当てるようにしたが、ふと我に返った様な顔をしてその動作を止めた。
「ああ、一週間程、郷里の城に滞在される」
自分達の様な武家華族はかつて領国の中で生きて来た。そのため今でもその領国に城がある場合も多い。自分の家もそうだった。そこには昔の家臣達が住んで居るため時々はそちらに赴く。
「三條君の屋敷でオレに言ってくれた言葉、今でも後悔して居ないのか。気持ちに変化は無かったのか」
大きな瞳を見開き、少しばかり震える声で言った。
「後悔もして居ないし、気持ちも変わらない」
立ったまま真摯な声で告げた。
「御家族や御親戚の事も考えた上で……か?」
茶色掛かった瞳が揺れる。
「それも充分考えた上で告白した」
瞳に魅入られたまま答えた。片桐の人差し指が唇に当った。
「そう……か、ならば……良い。オレも、……お前に惚れている。多分、同じ気持ちだと思う」
真率な声に言葉を失った。片桐の唇に中指も当てられる事に気付くまでは、無言だった。
「迷惑では、無かったのか。気味が悪いとは思わなかったの……か?」
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