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第63話(第3章)

「片桐君は僕の学友ですから、離れた場所で話しても宜しいですか」  三條が見計らったように言った。  両親の許可を取ると三條は、片桐と自分そして華子嬢まで連れ出して、裏庭に向かった。 「僕は華子嬢と特に話しがしたい…。片桐君、君とは、学校でも話す機会があるからね。加藤、僕の屋敷はよく知っているのだから、片桐君を連れて邪魔者は退散してくれないか」  戯れのような、本気のような不思議な言葉だった。華子嬢の表情を確かめると頬を紅く染めている。片桐も笑顔で居た。問題は無いだろうと、片桐だけを伴って昔良く遊んだ中庭の奥に行った。片桐も後に続いて来る。そこは誰も来ないであろう場所だった。丁度人目から隠れている。  (彼の燕尾服姿は、絶品だ)  そう思うと辺りの様子を見回し人気の無いのを確認してから、彼の身体を抱き締め唇を奪った。彼も背中に腕を回して来た。腕の力が強くなる。接吻に夢中になっていると、不意に仏蘭西香水の仄かな香りと衣擦れの音がした。  (誰かが居る)  そう思って、身体を硬くした。使用人ではないだろう。使用人がこんな高価な香水を身に纏っているわけがない。  この場所は三條屋敷の豪華な庭園の中で一番目立たない。そこまで来る人間はそうそう居ないだろう。  片桐も、自分の身体が強張ったのを感じたのだろう。不思議そうに顔を見て居る。視線を動かして、誰が居たのかを確認する。一番危惧されたのは自分の母だった。この場面を見られる事は有ってはならない。  片桐も自分に倣って視線を動かした。ただ、まだ抱き合って居る状態だった。幾つもの思考が瞬時に交錯した為、身体を離すという所までは考えが及ばなかった。  そこに佇んで居たのは絢子様だった。 「覗き見などする積もりは御座いませんでしたのよ。片桐様が御退席遊ばしたので、お話しがしたかったのですわ」  そう仰って、寂しげに微笑んだ。しかし、瞳に浮かんでいる表情は自分には分からなかった。  二人は固唾を飲んで絢子様のお言葉を待つ。 「片恋の御相手がいらっしゃる事は片桐様から伺って居りました。でも、華子さんから聞くとそのような方はいらっしゃらないようだとも聞いて居りました。  ですから、方便だと思ったのです、わたくしは。でしたら機会が御座いますでしょう。この園遊会に招待され、招待客の御名前を三條様から伺った時に、片桐様が御出席されるとの由でしたので、参りました。御二人のご様子を偶然とはいえ、拝見致してしまいました。片桐様は加藤様が御好きなのですわね」  片桐は、斜め下に視線を向けている。思わず言ってしまった。 「片桐君を好きになったのは私です、絢子様。私が無理矢理自分の想いを通してしまいました。ですから、この件は、私に全責任が有ります。御不興は私が背負います」  絢子様の言動次第では、加藤家には確実にこの件は漏れるだろう。社交を控えている片桐家までは、分からないが……。

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