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第91話(第4章)

 事情が事情だけに仕方の無い事だとは思うが、逢えないのはとても苦しいだろうと思った。ただ、彼の父上の容態が重篤でない事だけが救いだったが。  彼の事が心配だったが、三條の屋敷に居てもこれ以上の知らせは来ないだろう。ふと思いついて、三條に尋ねた。 「そちらは華子嬢からのお手紙だろう。何か書いて有ったか」 「いや、病状の件と彼女の心痛と片桐君が心配だと言う事位だ。良ければ読むか」 「良いのか。恋文を盗み読む様で悪いのだが」  三條は苦笑した。 「恋文という程の内容では無いからな。勿論、僕は彼女に慰めの手紙を書いたり電話をしたりする積もりだが…求婚者としては当然の事だし、僕の売り込みにもなる」  そう言って手紙を差し出してくれる。  女性らしい手紙で、心情が縷々連ねられていたが、片桐伯のご容態については片桐の方が客観的に書いて有った。  ただ、片桐の事は言及されていて、そこだけを熱心に読んだ。 <我が家では父が倒れると、お兄様のご負担が増すばかりです。弟はまだ幼いのでこういう時には全く役に立ちません。お兄様は家長名代として旧家臣やお付き合いの有る方の対応をなさらねばなりません。わたくしもお力にはなりたいと思いますが、女性の身、お兄様のご負担が心配ですの。お兄様は1人で何もかもを背負おうと思うお方です。信頼出来る御方が傍に居て下されば良いのですが>  確かに彼は責任感の強い人間だ。それに悩み事も1人で抱え込み過ぎるきらいが有る。 彼が新たに背負った重圧を少しでも分かち合いたかった。が、今の自分は余りにも無力だ。 「三條……電話で華子嬢と話すのだろう。その時、片桐の様子も聞いておいてくれないか。そして俺に知らせて欲しい」 「ああ、では、早速電話をしてみる」  そう言って電話を掛けたが、繋がらない。片桐家の電話はどうやらふさがっている様だ。それはそうだろう。片桐家への病気見舞いの電話が殺到している事は容易に想像がつく。電話はそれ程普及していないので、回線自体が少ないのだ。  焦燥感は募るが、此の侭、三條邸に居ても三條に八つ当たりしてしまいそうで……1人に成りたかった。 「片桐家と連絡が付いたら、電話ででも知らせてくれないか」  そう頼んで三條の屋敷を後にした。自動車で送って貰っても良かったが、いつも片桐と逢って居る時も、家族には三條の屋敷に行って居る事になっている。逢瀬が終わったら徒歩で帰っているので、今日だけ三條家の車で帰宅するのも家族に不審に思われる可能性を考え、あえて歩いて帰邸した。  出迎えた母は心なしか、嬉しそうな顔をして居た。挨拶をしてから聞いてみる。 「どうかなさいましたか」

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