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第94話(第4章)
「お前はまだ、大学生だろう……彼女の卒業時には」
「それはそうだが……。彼女の美貌だ。油断は出来ない」
「成る程な…早い方が良いと言う事か」
「そうだ。即断即決が僕のポリシーだ」
三條の本気さが潔いと思った。
その時、扉が開き呑気にざわめいていた教室の雰囲気が一転した。片桐家の不幸は級友たちも皆知って居る。片桐がやっと登校して来た瞬間だった。
片桐はいつも通りの様に見えたが、顔色が少し優れない。眠れなかったのだろうか…。彼は一瞬こちらに視線を流し、自分と三條が居る方へ近付いて来た。
朝の挨拶をしてから昨日の電話の礼を言っている。
「華子の事は君に任せるので。どうか幸せにしてやって欲しい」
「僕もその積もりだ。ところで、お父上のご容態はどうだ」
眉間に皺を寄せた片桐は答えた。
「軽い脳卒中らしい。言葉は少し聞き取りにくいが話せる。当分は安静にして様子を見るようにとのお医者様の診立てだ。その間は家長代理をする事になってしまった」
三條は外人の様に肩をすくめた。
「まあ、嫡男だから仕方ないな…身体には気を付けるのだぞ。なあ、加藤」
いきなり話を振られて驚いたが、これも彼と話しをしたいという自分に気遣っての事だと思い答えた。
「ああ、来年は卒業だし、出席日数も足りているし、成績も問題ないだろう。学校は休んだらどうだ」
彼の身体を慮っての言葉だった。
「そうも言ってはいられない。学生の本分は勉学だから。登校はする積もりだ。心配してくれて済まない」
そう言って自分の席に着いた。
一週間後、片桐は毎日登校して来ていたが、顔色は優れなくなるばかりだった。三條から華子嬢に送る手紙に同封して貰った英文での手紙。それにも、「学校は休んだらどうだ」と散々書いたが、返事は「学校でしかお前に会えないので、お前の顔を見る為に登校している」と書かれてしまっては、嬉しさ反面、心配は募った。英語の家庭教師に託した手紙も同様の事が書いて有った。英語のレッスンは続けているらしい。
先生に聞くと、青ざめた顔をしながらもレッスンは集中しているそうだ。
家長代理としての顔と学生としての勉学を両立している様子に心が痛んだ。
この一週間、彼は登校すると、三條の席に直行する。勿論自分も三條の席近くに立っていたので、自分に報告する為にも三條の席に来るのだろう。その反面黒田との接触は減っていた。休み時間は自分の席でぼんやりしている事が多くなった。相当無理をしているのではないかととても心配していた。逢瀬は無くなったが、残念に思う反面、仕方の無い事だと諦めるしかないと言うことも頭では理解している。理解はしているが、二人きりで会う機会が無い事が無念だった。
十日後、いつものように登校して来た片桐は三條の席にやって来た。挨拶しようとして、彼の身体がぐらりと傾ぐ。咄嗟に支えたが、彼の顔は青ざめて苦しそうだった。
「三條、救護室に運ぶ」
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