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第95話(第4章)
「ああ、この時間だとまだ開いていないだろうから僕は教官室に行って鍵を貰って来る。お前は片桐君を救護室まで運べ」
三條が慌しく出て行ったのを見て、彼の身体を抱き上げた。
級友達も寄って来て、「手伝おうか」と声を掛けてくれる。しかし、彼の身体は誰にも触らせたくなかったので謝絶した。
横抱きにされた片桐は小さな声で言った。
「晃彦……自分で歩ける」
「そんな顔色の人間が言うと説得力に乏しいな。それにこんな機会は滅多にないからじっとしていろ」
そう諭す様に言うと、片桐は力を抜いて抱かれやすいように首に手を回した。相当恥ずかしいのか、気分が悪いのか――おそらくは両方だろう――彼は目を閉じて居た。
救護室の前に到着すると、三條が鍵を持って扉の前に佇んでいた。教官室に寄ってからこちらに回った筈なのだ。
しかし、彼は恐らく普段は禁止されているが……廊下を走っただろうし、教官も三條の訴えを聞き、直ぐに鍵を渡しただろうから、片桐の身体を抱く事によりゆっくりしか歩めなかった事を思えば、三條が先回り出来たのは当たり前の様な気がする。
そんなことをぼんやり考える事が出来たのは、片桐が顔色こそ悪いが、病気という程でもないと判断したためだ。熱も触った感じでは平温の様だった。
「『保健医が出勤するまでは休んで様子を見ていろ』と担任が言って居た」
鍵を開けながら三條が言った。扉を開いて貰い、寝台の掛け布団をずらして貰った。自分は片桐を抱き上げているため両手が使えない。
三條は気を利かせてカーテンを開ける。
寝台にそっと片桐を下ろし、腰掛けさせる。学生服のままでは窮屈だと思ったので、敢えて事務的にボタンを外す。
その様子を見ていた三條は「僕に出来る事は有るか」と聞いてきた。
「大丈夫だから授業に戻ってくれ。有り難う」
片桐が言ったのをしおに、
「じゃあ、僕はこれで。お大事に」
との挨拶を残し静かに扉を閉めて立ち去った。
「大丈夫なのか」
気遣いながらも、眉間に皺が寄るのを感じていた。制服の上着を脱がし、皮のベルトを外した。ベルトを外すと胴周りに余裕が出来る事は知っていたので、それ以上の事はせずに寝台に横たわらせて掛け布団を掛けた。
「あの騒動から、夜眠れなくなってしまって……この体たらくだ。情けない」
「睡眠不足が祟ったのか……。では寝るのが一番だな」
「多分、寝たら治ると思うが……明るい所で眠るのは慣れて居ない」
青い顔をしてそう言ったので、カーテンを皆閉めた。しかし、布地越しにもで陽光は容赦なく降り注ぐ。
枕に沈んだ片桐の顔の上半分を、右手で覆った。
「これで、暗くならないか」
「ああ、丁度良い」
そう言いながら、片桐の右手は掛け布団から出て、唇をなぞっていた。
彼がこの動作をする時は何を欲しているのか分かる。
右手で目を覆ったまま、上体を倒して、左手で彼の指先を外し、軽く唇を重ねた。
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