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第96話(第4章)
彼の両手が背中に回り、力は幾分弱かったが、自分の身体を引き寄せた。促されるままに上半身を重ねた。
重ねた唇を少し離して片桐が言う。
「晃彦の重みが気持ち良い。そして熱も匂いも……」
間近に顔を見て、彼の頬の肉が薄くなって居る事に気付いた。
「食欲は有るのか」
言いながら、細い髪の毛を梳いてみた。
気持ち良さそうな顔をする片桐だったが、言葉は聞き捨てならなかった。
「食欲……か……そう言えばあまり無いな。家の中が今は非常時だから食事を摂る暇も無い事も有るが・・・気にしたことは無かった」
何事にも一生懸命になる片桐の性格は大変好ましいが、この場合は逆効果だ。
「ゆっくり休んだ後、食事に行こう。元気になるにはそれが一番だ」
どうやら彼は、睡眠時間と食事を削っていたらしい。倒れるのも当たり前だ。
「他に辛い事はないか」
二人きりで話すのも随分久しぶりの様な気がする。
「一番辛いのは、晃彦と逢えないこと……だ」
「逢えるように考えるから……それまで待って貰えないだろうか」
左手で彼を抱き締めた。そして、片桐の負担にならない様な逢い方は無いだろうかと考えていた。
「この重みが気持ち良い。しばらくこうして居てくれないか。眠れそうだ」
「ああ、寝付くまでは此の侭抱いて居る」
暫くすると彼が寝付いた気配が有った。規則正しい呼吸音が聞こえる。目隠しをしていた右手を外し、重さが逆に眠りを妨げる事を危惧して、掛け布団から出ていた手を握り、もう片方は髪を梳いていた。
自分の手の動きに連動してサラサラと落ちていく幾分細めの髪の毛を幾ら梳いても飽きなかった。彼の寝顔をじっくり見たのは初めてだったので観察してみた。意外に長い睫毛や安らかな寝顔を見ていると飽きなかった。嘱託の医師が出勤して来ないのが、幸いだった。救護室に二人きりで居られる。――他の生徒が運ばれてくるまでは――。
遠くからチャイムの音が微かに聞こえてくるだけで、この部屋には静寂が支配していた。独逸風に建てられた茶色い木の柱と白い壁が、学校であることを暫し忘れる事が出来る。
寝返りを打ちそうな気配を感じて、慌てて手を離した。彼が寝返りを打つと、掛け布団が捲れ、彼の上半身がシャツ越しに見えてしまう。肩幅は人並みに有るが、胴周りは細い。その対比にドキリとさせられる。
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