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第130話(第5章)
屋敷に戻ると、居間に呼び出された。
父母が並んで座っている。
「如何でしたか。柳原鈴子様とはお会いになれましたか」
母がこちらを窺う様に聞いてきた。
「ええ、とても魅力的な御令嬢でした。しかし、先方はどう思われたのかは分かりません」
一応、予防線を張っておく。こう言って置けば彼女からの連絡が有った場合、母は最優先で自分に取り継ぐだろう。
「まぁぁ、では、晃彦様の御眼鏡に適った方ですのね。それは楽しみでございますわ」
母は安堵した様に言った。
「しかし、こればかりはお相手の問題ですからね」
「晃彦様は、このご縁を進めても宜しいと思ってらっしゃるのですか」
実は縁談などでは無かったが正直に言う気持ちには全くなれない。
「はい。父上と母上に御異存が無ければ」
明らかに喜色を浮かべる父母を見て、三條の手紙――流石に今日は華子嬢からの手紙はないだろう――を読みたくて、席を立った。
「疲れているので、部屋に戻ります」
部屋に戻るとシズさんからの手紙が置いて有った。他の使用人が万が一、部屋に入った時の事を考えて、署名は無かったが、シズさんの筆跡である事は直ぐに分かる。
かなり分厚い封筒だった。
部屋着に着替えるのを後回しにして、早速開封する。
「本日、華子様は御屋敷にはいらっしゃいませんでした。三條様の御手紙は預かって参りましたので、その御文だけ置かせて頂きます」
二枚重ねの封筒の二枚目にそう書いて有った。彼女らしい細心さだ。
三條からの手紙を読む。
「この手紙を読んで居る時は、もう柳原邸から戻った頃だろう。僕は華子嬢と会えないのが寂しいが、仕方の無いことだ。
華子嬢の不在は知っていたが、知らないふりをして片桐家を訪ねた。片桐君が出て来て応対してくれたが、彼も精神的に限界の様な感じだった。お前が動いているのは知っているが、早くしないと本当に病気になりそうな感じを受けた。とにかく早く片桐君を救う様にしなければならないと素人目だが、そう判断した。
くれぐれも急げ。ただし、焦って台無しにするな。片桐君と少し話したが、お前の事を話した時だけは少し顔が明るくなった。今、お前が居なければ片桐君もどうなってしまうか分からないと危惧している。
慎重かつ素早い対応をした方が良い。静さんという女中の前で書いているので、乱筆を許してくれ」
片桐は矢張り精神的に追い詰められている。早くしなければと思った。絢子様にもお目にかかりたい。
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