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第129話(第5章)

「いえ、わたくしは華子さんのお兄様を密かにお慕い申し上げておりますの。片恋ですので、片桐様には申し上げる事など思いも寄らないことですが。その様な御方が心痛でいらっしゃるのを華子さんから伺って……わたくしに協力出来ることは惜しみません」  どこか少し痛い様な表情で鈴子嬢は仰った。 「片桐君に対して私に出来る事は全て致す積もりです。絢子様は何と仰せになっていらっしゃいますか」 「『御自分で出来る限りの事をしますから、貴女も御協力なさって下さい』と仰せになられていましたわ」  鈴子嬢は丸い瞳でいたずらっぽく自分の方を見て仰った。 「わたくしは父の誤解を解かずに加藤様とのご縁を嬉しく思っていると言いますが、宜しいでしょうか。その方が時々はわたくしの御屋敷にいらっしゃる事が出来ますもの。  わたくしは畏れ多くも皇后陛下と親密に交際させて戴いております。我が家は姻戚筋に当りますから、その関係でお知り合いになって……。ですから、宮城へ参る事も度々御座います。絢子様は先帝陛下の内親王でいらっしゃいますから、ご存知の様に宮城にお住みになってらっしゃいます。  ここだけのお話しですが、絢子様も皇后陛下と御親しいのですわ。ですから、最悪の場合には畏れ多い事では御座いますが……皇后陛下にお話し申し上げて、皇后陛下から加藤家に御内示の形で両家に働きかける事をお願い致そうかと絢子様とお話ししておりますの」  彼女が、このように親身になって下さるのは片桐のせいだと思った。しかし、この際、御皇族の協力無しでは、片桐を守りきれるかどうか自信が無い。御厚意に感謝した。 「どうか心から宜しくお願い致します」  深々と心のこもった礼をした。  絢子様は先帝の内親王だ。当然、今の皇后陛下とお話しする機会は多いだろう。  柳原様は、国母でありながらそれ程の権力は御有りにならない。御本人の奥ゆかしい性格からか、または先帝陛下の皇后陛下に憚ってかあまり外には出ていらっしゃらないと聞く。  しかし、絢子様だけでなく、柳原嬢の協力が約束された今、大きな光明が見えた気がした。  皇后陛下の御内示があれば父母は内心はどうであれ、従うだろう。 「わたくしも兄の様子をお知らせ致しますわね」  華子嬢も微笑んで言った。  余り長居は出来ないので、帰邸する事にした。  梅雨の合間の日光が濡れた紫陽花に反射して綺麗に光っているのを横目で眺めながら車に乗り込んだ。

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