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第191話(最終章)
二人の動作に我が意を得たりと思ったのだろうか、三條は愉快そうに笑った。
「ところで、もう、船の用意などはして居るのか。入学は9月なのだろう」
一転、話を変えて来た。
「いや、そこまでは……。何しろ、今日聞いたばかりだから」
「そうだろうな。だが、あまりゆっくりと決められないぞ。いくら何でも早く決めないと船室が押さえられない」
「9月入学ならば、一月半前には出発しないと間に合わなくなる」
ようやく気を取り直したらしい片桐が行った。留学は彼に取って憧れだったのでその辺りは詳しいらしい。
「其れに、向こうでは下宿を探さなくてはならない。そういう雑事も考えると異国の地なだけに色々とする事がありそうだ。幾ら賢くも皇后陛下御声掛りと言っても、自分達ですることは多いだろうから大変だろうな」
大変だと言って居るが、楽しそうな雰囲気だった。
荷物も先に送る物、船で持って行く物などに分けなければ成らない。使用人に任せられる部分とそうでない部分が有る。そう言ったことを片桐は言いたいらしい。
「まずは、船の手配だ。父上が親しくしている船会社の社長が居るので、その社長に相談してみよう。留学後の下宿については、英吉利支社の人間に良い所を探して貰えば良い」
顔の広い三條はそう言って呉れた。自分や片桐などには到底出来ない事だった。三條は色々な夜会に出入りしているので、自然とそういう人間とも知り合うのだろう。
「それは、大変助かる。英吉利は憧れの国だが、書物でしか知らないので、実際行ってみるとでは違うだろうからな。皇室費を使わせて戴くのだから、事前に届出も必要だろうし」
心は倫敦に飛んでいるのか、片桐は嬉しそうに言っている。
「いやいや、未来の義兄様に恩を売って置こうという魂胆だ。気にしないで呉れ」
三條は笑って言った。
「ああ、この恩は忘れない」
片桐は笑って頭を下げた。皇后陛下のお墨付きを得た以上、自分達がそれぞれの家の当主になるのは間違い無い。ただ、妻を迎える積りは全くないので、次代は弟の息子が家長に成るだろうが。ふと、片桐はどう考えているのかが気に成った。妻を迎えるのだろうか。
しかし、三條の前で彼の真意を聞く事は出来ない。
そう思っていると、部屋の向こうで数人の人の声が聞こえる。その中には華子嬢のものも混じって居る事に気付いたので、片桐に視線を送る。彼も気付いて居た様で、三條に言った。
「華子を入れて構わないだろうか」
「勿論だ。最愛の婚約者なのだから」
片桐は、部屋の外に出て行き、華子嬢だけを迎え入れている。自分の屋敷の事も大変気に成るが、断然こちらの屋敷に居た方が楽しいのでつい長居をしてしまっている。
「三條様やお兄様は酷いですわ。わたくしをのけ者にされるなんて」
華子嬢が笑いを含んだ愛らしい声で抗議をして居る。
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