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第192話(最終章)
華子嬢にも随分お世話に成っている。彼女の御相手をしてから屋敷に帰ろうと思った。その頃には母の瞋恚も収まって呉れている事を願いつつ。
誰かから予め有る程度の事は聞いていたのだろう。
「お兄様、加藤様と倫敦へ御留学ですってね。おめでとう御座います」
華子嬢は名前の通り、花の様に微笑んだ。
「有り難う。英吉利では、沢山の事を学んで来る積りだ」
華子嬢は、片桐に微笑みかけた後、自分に向かって真剣な瞳で言った。
「兄はご存知の通りの性格です。思い詰めると悪い方、悪い方に考えてしまいます。加藤様の御助力無しには異国の地で暮らして行けるかどうか心配ですの。漱石先生の例もございますから…、どうか兄の事を助けて下さいませ」
深深と頭を下げた。今日の彼女は紅の振袖に女子部の制服に成っている海老茶の袴を着ている。学校から帰邸して、そのまま片桐の部屋に来たのだろう。着物に合わせて、薄紅色のリボンで髪の毛を結っている。そのリボンが揺れている。
片桐は複雑な表情を浮かべている。華子嬢にはどうやら真実を話していないらしい。
「はい。その積りです。もう片桐君に不安な思いはさせない様に努めます」
真剣な顔で言うと、形の良い唇が微笑の形になった。
「このノオトは何でしょうか。三條様の筆跡のようですけど」
卓の上に置いて有ったノオトを目敏く見つけた。婚約者の三條の筆跡なので気に成ったらしい。
「ああ、これですか。これは今までお世話に成った方をお招きして二人の送別会を開く事にしたのです。学校の許可は貰ってますが、まだ、加藤君の御両親が心から納得されていないようですので…送別会を開くのはどうかとも思ったのですが、留学は学生ならば憧れの的ですからね。
送別会は内内の事として実施する方が良いかと思いまして」
三條が説明した。どうやら、正式に婚約を発表するまで紳士的に振舞うらしい。
「拝見しても宜しいですか」
「勿論です」
内々とは言え婚約者同士の親しみを込めた会話が続く。
ノオトをざっと見た華子嬢は、少し考えてから言った。
「御友達を招待するのはとても賛成なのですけど…三條様が開催されるよりも、形だけでも絢子様が主催するという方が、加藤様の御両親も納得されるのではないでしょうか。絢子様が主催されるのでは、加藤様の御両親も納得なさいましょう」
女性らしい指摘に男性三人は納得したように頷いた。
「絢子様とは明日学校でお会いますのでわたくしからお願いして置きますわ…このノオトでは日時が決まって居りませんが、絢子様も御忙しい方でいらっしゃるので、日時を決めてから御相談される方が宜しいかと」
尤もな指摘に三條少し考えてから言った。
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