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第10話

 起きたら寝た覚えのないベッドの上だったのは、人生で2度目だ。 「ぅわっ!? …………あれ?」  またやっちゃったのか、と飛び起きようとしたのに、強い力に阻まれて上半身すら起こせなかった。 「うるさい」  寝起きで不機嫌な声をだしているのは稔で、オレの体を押さえつけているのも稔だ。  なんで同じ布団で? とパニックになりかけた時に 「…………お前、まさかなんも覚えとらんとか、夢やったら良かったとか……」  恐ろしく低い声が呟くから、頭をブンブン横に振る。 「覚えてる!! 覚えてるし別に夢とか思ってないから命だけは……っ」 「……あほ。そんな怒ってへんわ」  照れ隠しも込みで過剰に慌てて見せたら、稔が優しく笑って優しいデコピンをぶつけてくる。 「……体は」 「からだ?」 「痛いとこないか。腹とか……」 「……大丈夫」 「そうか。ナマでヤると腹壊すことあるからな、気ィつけやな」  ふぁぁ、と大きなあくびをする稔の顔が妙に優しくて穏やかでドキドキするのに、見慣れなくて不気味ですらある。 「…………なぁ……」 「なんや」 「オレさぁ……あのさぁ……お前のことはさぁ……その……好き? だけどさぁ……オレさぁ……その……友達としての稔も好きっていうかさぁ……その……なんつーか……」 「……イチャつくのはベッドの中だけがえぇとかそういう話か」 「ばっ!? そういう話じゃねぇ……っ!」 「うるさい分かっとる。外でイチャつくんは好きとちゃうから心配すんな」  ぐしゃぐしゃとオレの頭を撫でた稔はなんでもないかのようにそう呟いたけれど、瞳はほんの少し淋しそうだ。 「男同士やしな。偏見もあるから、外では気ィつける。……今だけ浸らせろや。こんな日ぃ来るとか、ほとんど奇跡やぞ」  モゾモゾとオレの首筋に顔を埋めた稔が不貞腐れた声を出すのが、ちょっとだけ可愛い。こんな面もあるんだなとなんだか得したような気分だ。 「……奇跡か……」 「そらそやろ。男同士やぞ」 「……なぁ……稔はさぁ、いつからオレのこと好きだったの」 「…………なんや急に」 「いや、急さで言ったらお前の告白のが急だったからな!?」 「……そらだってお前……コクられたとか付き合うとか言うからやな……ほんなら玉砕したれと思うやんけ」  ぶうたれる声が苦々しく震えている。 「お前のことなくしたくなかった。……友達でえぇってずっと思てた。……ほんでも誰かのモンになるかもしれんと思ったら、どうしょうもなくなったんや。絶対無理やと思ってたし、フラれんのも分かってたけど……どうしても我慢出来んかった。なんも言わんまんまで、誰か(オンナ)のこと幸せそうに話すお前の隣におるとこ想像したら、ちょっと拷問みたいやなって」  拗ねた声を取り繕う稔の目はゆらゆらと揺れていて、オレの髪を撫でる指先も微かに震えている気がする。 「いつからかは分からん。……お前はいつでも元気で明るくて、天然で無防備でめっちゃ困ったけど、でも離れられへんかった。オレの我慢が効く限りは傍におれるって信じとった。だから……離れざるをえぇへんようになって、めっちゃ堪えた。……こうなったからには、もう二度と離されへんぞ。お前がほだされただけやったとしてもな」  愚痴めいた口調はいつの間にか熱烈な口説き文句へと変わっていて、顔がポカポカと熱い。本当にキザな男だ。だからこそモテていたんだろうけど。 「別に離さなくていいし、ほだされた訳じゃねぇよ」 「嘘つけ」 「嘘じゃねぇし!」 「コクられたら断れん言うとったやないか」 「あれはっ…………あれはそもそも、からかわれてたんだよ。嫌なこと思い出させんなよぉ」 「からかわれたァ?」 「童貞のオレを弄びたかったんだってさ」 「ンやとそのオンナ、次会うたらタダじゃおかんぞ」  当事者のオレよりも怒る稔がボスボスと布団を殴る。 「まぁまぁ、オレもバカだったなぁって思ってるよ。……颯真にさ、大事にしなよって言われてさ。でも大事にするってなんだろって全然分かんなくてさ。とにかく優しくしてたんだけどさ、結局なんにも考えてなかったってことなんだよな。その子がどうしたら喜ぶのかとかそういうのを考えなきゃダメだったのに、全然考えてなかったんだと思う」 「……ふぅん?」 「オレはさ、稔には傍にいて欲しいし、出来たら笑ってて欲しいし、旨い飯は一緒に食いたいって思う」 「…………結局飯か」 「違うって! お前の飯は世界一旨いけどさ、お前と食うから旨いんだって、もう分かってるから」 「ふん……まぁ今はそんくらいで許しといたろ」  照れ隠しの手のひらが乱暴に頭を撫でて離れていく。 「よし。ほんなら朝飯食うてガッコ行くか」 「やった! 飯!」 「…………ホンマに。やっぱりお前、オレの飯が目当てやろ」  呆れた声を出した稔の顔を覗き込む。 「でもさ、胃袋を掴むっていうじゃん。そういう意味ではさ、もう絶対、稔から離れらんねぇ」 「…………さよか」  チッと舌打ちして顔を逸らした稔の耳が少し赤い。可愛いとこもあるじゃねぇかよ、とこっそり笑ってベッドから飛んで出た。

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