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act.6 切れたはずの糸を君が結びにきた(2)

 何かを躊躇う稔の唇に噛みついてみる。──女の子にもしたことないのに、こんなこと。男相手によく出来るもんだなと、奇妙に冷静な自分が頭の中で嗤った。 (うるせぇ黙ってろ)  誰にぶつければいいのかも分からない激情を込めて、稔を睨む。 「後悔……しても知らんぞ」 「つべこべ言ってんな」 「止まらんぞ、お前が泣いても」 「泣くか」  正直、男同士でどうやるのかなんて知らない。自分がどうなるのかすら分からない中で、それでも引かないと稔を見つめたら、小さく舌打ちした稔がオレを床に押し倒す。  そのままの流れでシャツをめくった稔が、するすると素肌を撫でてきた。くすぐったさに吐息が零れて、ぴくりと体が跳ねる。カッコ悪いなと思ったタイミングで、稔がまじまじとこっちを見ていることに気づいた。 「なんだよ……」 「……綺麗やなと思って」 「っ、バッカじゃねぇのっ」  気障ったらしいセリフに顔が熱くなる。ぎゃあぎゃあ喚いていたら、稔がふっと以前と変わらない柔らかくて優しい顔で笑ってくれた。  あぁ、この顔だ。ずっと、この顔が見たかったんだ。  泣き出したいほどの幸せを噛み締めながら稔を見上げていれば、大きな手のひらがオレを包み込むみたいに頬を撫でてくれる。この手のひらも、ずっとずっと──ずっと待ち望んでいた。 「めっちゃそそられる」 「……っ」 「アカンわ、ホンマ。……こんなん……」  呻いた稔が、覆い被さってくる。  身体中のいたるところに唇が落ちてきて、くすぐったさと幸福感とに体が跳ねては吐息が漏れた。  女の子みたいで恥ずかしいのに、止められない。 「……えぇ顔やな」 「ぅるせ……」  指摘されてぷぃっと顔を逸らしたら、意地の悪い顔で楽しそうに笑った稔の指先がへその辺りを撫でに来る。  その先。もっとこっち、と腰が勝手に跳ねた。  熱くて熱くて、もう痛い。手当たり次第に女の子と一夜を共にしていた時にはこんな風にならなかったのに。男相手にこんなに興奮するなんて、オレはおかしくなってしまったんだろうか。 「……脱がすぞ」  腰浮かせ。  いかにも慣れた風の声が、多少憎たらしい。何人の女の子に同じ事を言ったんだろうと思ったら、悔しいような哀しいような複雑な気分になる。  そっと腰を浮かせたら、躊躇うことのない手が下着ごとズボンを剥ぎ取っていく。クーラーの効いた部屋の冷気に晒されて、恥ずかしさと相まって腰が震えた。  これからいったいどうなるんだろうと不安半分期待半分で恐る恐る稔を見上げたら、 「っ……ッ、ぅ」  稔の手がオレ自身に直接触れてきて、変な声が出そうになって慌てて口を腕で覆う。 「……声」 「……ぇ」 「聞かせてや」 「ばっ、何言っ、て──っぁぁ」  変態っぽいぞ、とからかってやろうと思ったのに、柔らかく握って上下に動かされて止める暇もなく喘ぎ声が零れた。  自分でするより気持ちいいけど、こんな女の子みたいな声は恥ずかしくて死にそうだ。唇を噛んで声を堪えようとしたのに、経験したことのない感触に包まれてそっと目を開ける。  股の間に、稔の頭があった。  舐められたのだと気付いて慌てる。それはまだ経験したことのない技だ。 「ちょっ、何し、てッ」  見たことはある。経験談を聞いたこともある。  だけど実際こんなに気持ちいいなんて反則だ。腰から下が溶けてなくなりそうなほどの快感が、むしろ怖い。文句を言いたくて口を開いたのに、ひっきりなしに甘い声が零れて泣きたくなる。  やめろとかはなせとか譫言みたいに溢すのがやっとで、結局我慢できずに稔の口の中に吐き出してしまった。 「やめろって言ったのに……」  恥ずかしくて悔しくて稔を睨み付けたのにフフンと意地悪そうに笑った稔は、苦じょっぱいような独特の味のする舌を絡ませるように深いキスを仕掛けてきた。  それが自分の味なのだと気付いて気持ち悪さにもがいたのに、稔は口を離してくれないどころかオレのまだ熱いそこを触りに来る。 「っひぁ……っや、ぁ、ぁ」  力一杯頭を振って稔の唇から逃れる。 「い、ま……だめ」 「ダメなことあるか。今の内に気持ちよぉなっとけ。この後、お前が気持ちよぉなれる保証はしてやれん」  稔の言葉が何を意味しているのかは、未だに分からない。セックスなんて気持ちよくてナンボじゃないのかと怪訝に見上げた先で、稔が躊躇う表情を見せた。 「──今やぞ」 「なにが」 「最後や、ここが。引き返せる最後やぞ」 「るせぇ、しつっこいんだよお前は。やるっつったらやるんだよ」 「…………わかった。もう言わん」  挑むように睨み付けたのに、稔はなんだか嬉しそうな泣き出しそうな複雑な顔で笑ってそう呟く。  ソワソワした手付きでオレのを扱きながら、稔が躊躇うみたいに喉を鳴らした後 「ぇ……?」 「心配すんな。絶対、傷つけたりせん」 「っ、……ッ」  止める暇もなく、稔の指が(なか)侵入(はい)り込んできてパニックになる。  男同士のやり方を、せめて調べてから来ればよかった。こんな──そんな場所を使うなんて。 「ぅ、ッ……ふ、は……」  異物感が酷くて息が苦しい。  抱けと言ったのは自分なのだから、弱音を吐くわけにはいかないと必死で堪えていたら 「ふ、ぅン……っゃ」  急に直接的な刺激を与えられて、思わず声が漏れる。あまりにも女の子じみた声が恥ずかしくてちらりと伺った先で、稔は優しい顔で笑った。 「えぇよ、大丈夫。絶対からかったりせぇへんから気持ちよぉなって」 「は、っァ、ぁ」  息苦しさと気持ち良さとが混ざって、訳が分からなくなる。  自分の荒い息を聞きながら、チラチラと目に入る稔の股関があからさまに大きくなっていることに気がついてゾワゾワした。きっとあれが入るんだとさすがにもう分かるし、指とは比べ物にならなそうな太さが怖い。  なのに、稔の指や手が与えてくれる気持ちよさに抗えない。丹念に解して丁寧に時間をかけてくれる稔のそこは、オレと違ってまだ1度も解放されないまま窮屈そうなジーンズの中だ。 (…………つらそう……)  お預けを食らう辛さは、同じ男同士だからこそ分かる。 「……みのる……」 「ぇ? ……ど、ないした……痛いんか?」  稔の声が珍しく上擦っていて、あぁオレだけがテンパってる訳じゃないんだと思ったら肩から力が抜けた。 「来いよ、もう」 「わた、」 「来い。──これ以上、焦らすな」 「……は、んそくやぞ、お前」 「反則ってなんだよ」  意味わかんねぇよと笑っていたら、真っ直ぐオレを見つめたままの稔がやけにゆっくりジッパーを下ろす。見せつけんなよ、と思ったのにどぎまぎして目を逸らせない。  ごそごそとズボンの後ろポケットを探って財布を取り出した稔が、見慣れた四角いパッケージを取り出して封を切った。 「なんで、ゴム……?」 「中で出したら後が面倒やからな」  中で出す、なんて直接的に言われて頭の中が爆発しそうなほど興奮した。初めてAVを見る子供じゃあるまいし中出しごときに興奮するなと、ぎゅっと目を閉じて余計な意識を振り払う。 「来い」 「言われんでも、もう待てへん。力抜いとけ」  なんでコイツはいちいち言い方がカッコいいんだろうなと呆れながら努めて力を抜こうとした努力は、柔らかく優しく唇を塞ぎに来た稔の唇のせいで無用になった。深く甘く、時に啄むようなキスの嵐に翻弄されて勝手に力が抜けていく。  もっとして欲しいと、無意識に稔に噛みついた時だ 「ぅぁぁっ、ッくぅ」  思わず苦悩の声が上がるほどの圧迫感と火傷しそうな熱さ。指の比ではないその質量に、奥歯を噛んで息を詰めながら衝撃に耐えることしか出来ない。 「息止めんな。深呼吸せぇ。無理やり進んだりせぇへんから」  そんなこと出来っかよ簡単に言いやがってとベソをかきながら睨み上げたのに、稔はふにゃっと笑って目尻に軽いキスを落としてくる。 「しょっぱいな」 「……気障ったらしいなお前」  思わず笑った隙をついて、稔が更に侵入してくる。  苦しさに仰け反った首に稔が唇で触れてきたかと思えば、稔の指先がさわさわと身体中を撫で回すから、くすぐったさに思わず声が上がった。 「ひゃぅ、っゃぁ、は」 「お前くすぐったがりよな」 「るさ、ぃ、ぁ」  文句は、奥の奥へ侵入してきた熱さのせいで最後まで音に出来なかった。 「あぁ……アカン。……お前、気持ちよすぎる」 「ばっ、何言ってんだよ」 「あほ、本気やぞ。むちゃくちゃ気持ちえぇ」 「──っ、ほんっとに、気障だなお前っ」  ふぃっと顔を逸らしたけれど、きっと赤くなっていることには気づかれているに違いない。自分ばっかり余裕がないみたいで、嫌になる。 「……動かねぇの?」 「……馴染むまで待つよ。傷つけたないから」 「ほんっと、気障」  まるで修行僧のごとく厳しい顔をしたまま動こうとしない稔を見上げて、自分の格好悪さを誤魔化すようにぶっきらぼうに呟いたのに、自分の格好悪さを再認識させられてしまった。 「なんや、どないした。痛いんか?」  更にそんなことを聞かれて、悔しさに泣き出しそうになりながら首を横に振る。 「オレ……お前にコクられた後、むちゃくちゃしてたんだけどさ……」 「……そうみたいやな」 「……こんな風にちゃんと……相手のこと考えてシたことなかったなって……思って……」 「……」  カッコ悪ぃな、と後悔を滲ませて自嘲気味に笑う。 「……すまんかった」 「なんでお前が謝るんだよ」 「……オレが、あんなこと言わんかったら……」 「やめろよ。ますますカッコ悪ぃじゃねぇかよ、オレが」 「すまん」 「お前は……慣れてんだな」  謝罪を重ねられても恥ずかしさが増すだけだ。  当て擦るように不貞腐れて呟いたセリフに、今度は稔が苦そうな顔をする。 「……言うとくけど、男とすんのはお前が初めてやからな」 「ぇ?」 「……オレは別に元から男が好きな訳違うし、女に困ってた訳でもない。伊達や酔狂でお前に好きやて言うた訳違うぞ」 「なに、それ……」 「お前やからやろ。お前が……渉が好きなんや、オレは。男とか女とか、そんなんちゃう。渉やから、好きなんや」 「ぁ……」  重ねられた言葉に心が揺れた。バクバクドキドキして息苦しくて、熱くなった顔を隠そうと顔を背ける。 「ぅぁ……っ、おまっ……急に締めんな」 「ちがっ、……そんなん意識して出来っかよ」 「あほ、ちょっと出たやんけ、勿体ない」 「っ、そういうこと言うなよ!」 「ここまでしといて何照れてんねん。ちゅーか、お前かて女とした時そんくらい言うたんやろ」 「言わねぇよ、ンなことっ」  そんな余裕もスキルもねぇよ! なんて情けなく叫んだら、稔が何の情緒もなくぶほっと吹き出す。 「アホかお前、笑かすなや」 「~~っ、お前が! 勝手に!」 「ぃだだだだっ、あほ、締めすぎや!」 「知らねぇよっ!」  照れ臭くて、くそっと吐き捨てたけれど、久しぶりに味わう会話の感覚(テンポ)に涙の気配が胸を過る。 「なんっか……ばかみてぇだな」 「何が?」 「……こんな感じになると思ってなかった。こんな……笑いながらするとか想像してなかった。もっと辛いとか苦しいとか、そんなん想像してた。これが終わったら、もう二度とお前とは会わないんじゃないかって」 「……」 「なんか……お前がホントに……すげぇ時間かけたり、すげぇ優しいから……なんか調子狂ったわ」  湿っぽさを吹き飛ばすために敢えて明るく笑って見せたのに、稔は切ない顔でホロリと笑った。 「当たり前やんか。だって、お前がどない思ってようが、オレはお前が好きで、大事で。間違っても絶対に、傷だけは付けたないて思ってたんやから」  しみじみ告げられたその言葉に、ますます自分の情けなさを思い知らされて肩が落ちる。 「……オレはホントに最低だな。お前のことでゴタゴタしてた時、投げやりに女の子に逃げてさ。……こんな風に優しくしたことないし、オレ自身も、こんなに気持ちよくなかった。出せばイイくらいの気持ちだった。……せっかくの初体験もなんも覚えてねぇし、誰が相手で上手くいったのかすら覚えてねぇや」 「……お前……ホンマに童貞やったんか……」 「なんだよ、ずっと言ってたじゃねぇか。そんなこと冗談で言わねぇっつの」 「道理で。ゴム見た時の反応が初々しいな思たんや」 「るせっ」  からかう声も顔も、いつもよりうんと優しくて照れ臭くてどぎまぎする。  ずっと信じられなかった。コイツがオレを好きだなんて。オレは男だし、コイツも勿論男だし。オレのこと女の子みたいに扱いたいだけじゃないのか、なんて思って信じたくなかったけど。 「なぁ……」 「ん~?」 「……オレ、分かんねぇけど……」 「何が?」 「お前のこと、好きかどうかは分かんねぇけど……嫌いじゃねぇよ、やっぱり」 「……そぉか」 「それに……気持ち悪いとか言ったけど、訂正する。別に気持ち悪くねぇよ。なんか、やっと信じれた気がする」 「何を?」 「お前は、ホントにちゃんと、オレのことを好きになってくれたんだなって……」 「なんじゃそら」  はは、と笑ったはずの稔の目から涙が零れる。  あぁやっぱりむちゃくちゃ傷付けたんだなと思ったら自分まで泣きそうになった。 「……気持ち悪いとか言って、悪かった。……ごめんな」  言いながら稔の頬を指先で拭ってみる。  稔が泣くのを見るのは初めてで、ズビッと音を立てて鼻をすすった稔を感慨深く見つめた。こんな風に泣くんだな、なんかやっと本当に本当の友達になれた気がするななんて、寧ろこうなって良かったんじゃないかとさえ思った。 「……なぁ、稔」 「……なんや」 「また……友達になれっかな、オレら」 「……わからん。……でも、オレは……」 「うん……?」 「お前の傍は、やっぱり心地えぇわ。お前が好きやからとちゃうで。……こうやってまた、一緒に過ごせたら……嬉しい」  嬉しい言葉のはずなのに、稔の顔は苦そうで切なそうだ。  どうした、と声をかけようと思ったのに、後ろの圧迫感がゆっくりと消えて、稔は痛々しいまでに猛ったソレをズボンの中へと押し込めてしまった。外したゴムを手で弄ぶ稔が、やがて大きな溜め息を1つ吐く。 「稔……?」 「努力するわ」 「どりょく……?」 「またお前の隣に。なんもなかった顔して立てるように」 「稔……」 「明日からが無理でも……いつかまたお前の隣に……友達として戻れるように、努力するわ」  儚げに笑った稔が、そこらに落ちていたオレの服を拾って手渡してくる。 「すまんかった」 「…………最後まで、しねぇの?」 「……したも同然やけどな」 「そう、だけど……」 「──友達や」 「……」 「せやから、やっぱり変やろ。友達と、セックスとか」 「……」 「友達に……戻りたいんやろ。せやったら、これ以上はせんとく」  今更やけどな。  自嘲気味に笑った稔の手のひらが、ぽふっと頭に乗せられてくしゃくしゃと撫でにくる。  何かを誤魔化すような優しい仕草が癪で、稔の手を振り払った。 「わたる……?」 「なんで、そうなんだよ」 「なにが」 「友達に戻りたいから止めるとか、マジ意味分かんねぇ」 「……」 「もうやってんだから、今更止めんなよ」 「……」 「最後までしろよ! オレがどんな想いでここまで来て! さっきまで入れられてたと思ってんだ!」 「……ほんなら!! なんで! なんで、友達になれるかとか聞いたんや!! こんなことして! また友達になれるとか意味わからん!! 少なくともオレは! 友達に、なんか……」  なれるか、あほ。  呻くように呟いた稔の目から、パタパタと涙が落ちていく。 「ぉれは! オレは、もう分からん。お前はオレとどうなりたいんや。……オレはお前を好きや。……キスもしたいし、抱きたい。……せやけど、お前は違うんやろ。友達になりたいんやろ。……これっきり、もう会わんつもりで抱いたのに……お前はなんで、また友達になりたいとか言うねん」 「……」 「なんで! お前は! …………お前が分からん。……オレにはお前が分からん。……好きちゃうかってもセックス出来て、した後なんもなかった顔して友達に戻れる……そんなん、オレには分からん」 「……っ、だってお前が! お前が傍にいないと、なんか違うんだよ! お前がオレの! 傍に戻って来てくれるんだったら、セックスくらいするよ!」 「……なに……?」 「軽くねぇよ。そんな……そんな軽く考えてねぇよ! だいたい! 痛い思いすんのはオレの方なんだから! 誰でもイイ訳じゃねぇし、お前とだからしたんだよ!」  痛い思いをするなんて知らなかったことはこの際伏せておく。だけどここまで受け入れたのは、間違いなく稔が相手だったからだ。  怒りと哀しみで込み上げた涙を拭おうとしたのに、叶わなかった。 「ンッ!?」  怒ったような困ったようなしかめ面の稔が、唇を塞ぎに来たせいだ。  (なか)を探って舌を吸って。酸素が欲しくて喘いだのに離してもらえずに塞ぎ続けられる。コイツはいったいいつ息継ぎしてんだと、酸欠で死にそうになりながら稔の胸を叩いていたら、腕が折れそうなほどの強い力に捕まれて唇が離れた。 「な、っに、すんだよっ」 「……鈍感が」 「なっ!?」  どんっと壁に押し付けられてオロオロと稔の顔を見上げる。 「好きって言えや」 「なに……?」 「お前、オレのこと好きなんやんけ」 「ぇ?」 「オレに傍におって欲しいとか、傍におらんと違うとか……それ、オレンこと好きなんちゃうんか」 「す、き……?」 「ちゃうんか」  じっと見つめられてどぎまぎして、鸚鵡返しすることしか出来ない。 「すき……?」 「ちゃうんか?」 「……分かんね」  呟いて頭を振ったら、頭上から小さなため息が聞こえた。呆れてしまったのだろうなと肩を落とそうとしたのに、稔に優しく抱き締められて硬直した。 「好きや、オレは。どうしてもお前が好きや」 「ぁ……」 「友達なんか、戻れん。こうやって抱き締めてキスして……めちゃくちゃにしたい、お前のこと」 「は、な……せ」 「嫌か、オレのこと。……こうしてんの、嫌か」 「っ……ぃ」 「ん?」 「嫌……じゃ、ない……」 「ほんなら、オレのこと好きか?」 「分かんねぇ」 「……頑固なやっちゃな」  苦笑しながら見下ろしてくる稔の顔が、やたらと優しい。少女漫画みたいだなんて考える頭の中は、未だに混乱の渦が巻いている。 「認めろや。好きやって……なぁ……渉」 「ぁ……っ」  愛しさを隠さない声に名前を呼ばれて、全身の力が抜ける。  ふにゃふにゃになったまま稔に抱き止められて、このまま溺れるんだと悟った。 「すき、なのか? オレ……お前のこと?」 「ちゃうんか?」 「分かんね……けど」 「けど?」 「……さっきから、くるしい……」 「ぇ?」  驚きに目を見張る稔の腰に、熱過ぎて痛い股関を押し付ける。 「……体は正直っちゅうやつか」  しょうがないやっちゃな。  甘やかすような声が笑って、唇を塞がれる。強く求める気持ちのまま、稔の唇を割ってぎこちなく舌を差し込んでみた。  へたくそ、と目で笑った稔がオレの舌を絡めとって、何をされているのか分からないほどに濃密に味わわれる。 「こないすんねん」  稔の声にうっすらと目を開ける。  意地悪くドヤ顔をキメた稔が、意地悪い顔のまま笑った。 「言えや」 「なに……?」 「好きって。言わな抱いてやらん」 「っ……くっそ意地悪ぃ」 「言えや。オレかてさっきから生殺しやねん」  ぐり、と押し付けられた固くて熱いソレに、オレ自身もひくりと震える。 「欲しいんやったら、言え。オレのこと欲しいって」 「くそっ」  何もかも見透かしたみたいに笑う余裕が癪で、さっきの仕返しもかねて驚かせてやる、と稔のズボンのチャックを下ろして滾るソレを引っ張り出した。 「なにすっ」 「るせっ」 「ぅぁっ、っ、やめっ」 「余裕ぶってんじゃねぇよっ」 「っ、このっ」  慌てふためく稔に、ザマァミロと内心で笑いながらがぶりと咥える。想像してたよりデカイし熱いしマズイしで目がチカチカするけど、何よりも自分が稔のを咥えているということに興奮した。 「強情がッ」  稔に無理やりひっぺがされて、床に押し倒される。稔の指が後ろに入ってこようとするのがじれったい。 「いいから。もう来い」  見つめた先でギラリと光った稔の目に、ゾワゾワする。  もう一度指で解そうとしていた割には、稔は黙って一気に奥まで侵入(はい)りこんできた。 「ふ、ぁ……っぅ、は」 「わたる……っ、わたるッ」 「ァッ……っ、んぁぁっ、っァ」  乱暴に(なか)を掻き乱すくせに、柔らかく優しく唇を食んでは、とんでもなく切なそうな声がオレを呼ぶ。 「わたる」  名前を呼ばれる度、(なか)を擦られる度、奥を突かれる度──肉と肉がぶつかり合う音がするたびに、白濁も吐かずにイッていた。頭の中がチカチカするみたいな感覚は、恐らくは気持ちよくてというよりも異常なまでの興奮で自分勝手に達しているのだと思う。  訳が分からなくなるほどの快楽に溺れながら、すがるように稔の肩に触れた。 「すき、かも」 「ぇ?」 「おまぇ、の、こと……すき、かも」 「~~っ、ぁほっ」  こうまでされないと自覚さえできなかった想いを途切れ途切れに呟いたら、稔が慌てた様子でオレの中から出ていく。  喪失感からしょんぼりと見上げた先で稔が呻いて、腹の上に熱い何かが飛び散った。 「ぇ……?」 「くそっ、お前……、どんだけ可愛いねん」  悔しそうに呻いた稔を呆然と見上げる。 「おさまらん」 「ぇ?」 「こんなもんで、おさまらん」 「ンっ、くぁっ……っぃア」 「アカン……もうとまれん。すまん……もう……今日は帰さん」  応える暇はなかった。  一気に突き入れられて唇を塞がれたら、力強い律動が奥の奥へと広がっていく。 「教えたる。お前はオレが好きなんやって。『かも』なんて言わせん」 「みのる……」 「体に教えたる。……オレから離れられんようにしたる」 「みの」 「オレなしではイかれん体になれ」  酷い殺し文句だった。  男なのにケツに突っ込まれないとイケなくなるなんて勘弁して欲しい。本当にそうなったら責任取ってくれるのかよと泣きそうになりながら、それでも自分の唇が笑みに歪むのが分かった。  *****  もうこれ以上は無理と啼いた渉を強引に吐精させたのとほぼ同時に、自分も渉の腹の上に白濁を吐いた。何回分かの白でまみれた薄い腹が艶かしい。 「……えぇ眺めや」 「……へんたい」 「男はみんな変態やろ」  にやりと笑って、渉のとなりにドサリと倒れ込む。 「……なぁ、渉……」 「なんだよ」 「好きか?」 「しつっけぇなホントにお前は」  ふっと苦笑う渉の方に寝返りを打って見つめた渉の目は、見たこともないような優しい色を湛えていてドギマギする。 「好きだよ。……じゃなきゃ、あんな風にならねぇ」 「……男やったら、気持ち良かったら勃つやろ」 「そんなことねぇよ」 「じゃないと風俗なんか成り立たん」 「……少なくともオレは、風俗とかでヌくタイプじゃねぇからな」 「……行ったことあんのか」 「…………ある」 「ほんならなんで童貞やってん」 「た……たなかった」 「……は?」 「百戦錬磨のお姉様が嘆いてた。オレみたいな純情っ子は初めて見たって。ちゃんと好きじゃなきゃ勃たない奴なんて、見たことないってさ」 「……せやけどお前、えらい噂になっとったやないか。可愛い紳士はどこいったんやて女子がえらいざわついとったぞ」  一晩限りの関係を指摘してやれば、モゴモゴと口ごもった渉がそっぽを向く。 「……なんにも覚えてない……されるがままだったし」 「…………はぁ?」 「……何すりゃいいか分かんなくて。……やらかいおっぱいに包んで欲しかっただけだもん」 「もんてお前……」 「出してはいたかもだけど、ホントになんにも覚えてない」  だから、お前のことは好きなんじゃね?  そんな風に軽く笑った渉の顔が赤いことに気付いて 「確かに純情やな」  そっと笑って、渉を抱き寄せる。 「わっ!?」 「好きでおってえぇんやな?」 「……好きにしろよ」 「えぇんかって聞いてんねん」 「──、……ぃょ」 「なんて?」 「いいって言ってんの!」  照れ隠しに叫ぶ可愛さを頭を撫でることで昇華して、抱き締める腕の中に納まる愛しさを額に落とすキスに込める。 「……しあわせや」 「……そか」 「ほんまやぞ」 「……うん」 「……なんや、眠いんか」 「……さいきん、ぜんぜん、ねれてなくて……」  ねむい、と呟くと同時にことんと眠りに堕ちる幼さに目を細めて 「むぼーびに寝るなぁホンマ」  やれやれと幸せに呟いて、腕の中の温もりが幻にならないようにと抱き締めた腕に力を込めた。

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