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【再会】相川雨音

大学を卒業して県外に就職し、残業なんて当たり前の生活にも文句も言わず、ただガムシャラに働いてきた。 お陰でそれなりの地位について、順調に出世街道を進んでいる。 プライベートを満喫する余裕もなく、恋人もいない。 それが辛いか、と問われたら 「それなりに」と答えている。 何人か付き合った女もいたが、全く本気になれなくてすぐに別れを告げた。 時間が無いことを言い訳にしているが、それだけのせいではない。 数年前の大学2年の夏…お盆に合わせての成人式で帰省した。 懐かしい顔ぶれの中に、腐れ縁の智樹がいた。 高校時代はつるんで悪さもしたし、余りに2人で行動してたから、面白がった仲間達からは『カップル認定』されていた程だった。 でも…卒業式で前触れもなく告白されて… 俺は返事もせずに、逃げた。 それっきり。 智樹とは、大学も別々で連絡も取らず、2年振りの再会だった。 「奈留(なる)!久し振り。元気だったか?」 「おっ、おう…お前も…」 「なぁ、明日の花火大会…一緒に行かないか? あ…彼女いたらマズイか?」 「いや…別に。じゃあ、何時にする?」 あの時の告白すらなかったかのように、普通に接してきた智樹にドギマギしながらも、2人で行く約束をした。 アイツは…男前に磨きがかかり、プライベートも学校も順調なのが見て取れた。 向こうが普通にするなら俺も…と忘れたフリをして迎えた花火大会。 待ち合わせ場所には、どこから聞きつけてきたのか、悪友達に取り囲まれた智樹がいた。 意外と細身なんだな。 浴衣に沿った華奢な身体のラインがやけに色っぽい。 「おい、奈留!お前ら2人で抜け駆けなんて狡いぞ! 俺達も誘えよ!」 「そうだよ!あ、デートの邪魔しちゃ悪かったか?」 やたらとブーイングをかましてくる悪友達を軽くあしらいながら、屋台を巡っている間に人混みに紛れ、いつの間にか智樹と2人っきりになっていた。 「智樹、大丈夫か?」 人酔いしたのか、具合の悪そうな智樹を抱え、人気の無い公園へ連れて来た。 ベンチに座らせ、自販機で買った水を飲ませると、少し落ち着いてきたようだった。 「…はぁ…ごめん、俺から誘っといて…アイツらと合流して楽しんできてよ。 落ち着いたら帰るから。」 「ばーか。置いて行けるか。 ってか、何でアイツら知ってたの?」 「俺達の会話、聞いてたらしい。 今頃探してるかも。」 「ほっとけ。 前田がいるから、今頃ナンパでもしてるはず…多分撃沈してるだろうよ。」 「ははっ。相変わらずだったな、アイツら。」 「…お前は…益々カッコよくなったよな。 彼女でもできたのか?」 「…そんなこと…俺に言うの?お前が?」 「え…」 「俺、卒業式に告白したよね。 お前、何も言わずに逃げちゃったけど。」 乾いた笑い顔で言われた。 あの時の場面が蘇った。 「あの時は…ごめん。 俺、お前のことそんな風に見てなくって… 何て言えばいいのか分からなくなって…ごめん。」 「…いや、俺こそごめん。 あれは…もう、忘れてくれ。 今日はありがとう。 久しぶりにお前に会えて話せたしうれしかったよ。 俺のことはもう構わず行ってくれ。 大丈夫だから。」 「だから。 置いて行かないって言ってるだろ? 送ってくから。」 そう言い捨てると、智樹の手を取り歩き出した。 遠くから聞こえるドォーーン という花火の音と、辺りをぼんやりと照らすオレンジの光の中、俺達は黙って歩き続けた。 ちらほらとすれ違う人が見られるようになり、どちらからともなく手を外した。 智樹の家の前まで来ると 「送ってくれてありがとう。 奈留…元気で。」 くるりと踵を返して、智樹は家の中へ入ってしまった。 俺にひと言の言い訳もさせずに。 しばらくその場で立ち尽くしていたが、チャイムを押して智樹を呼び出す度胸もなく、ゆっくりと歩き出した。 それっきり智樹とは疎遠になり、いくつかの恋愛の真似事をしたが本気になれず、結婚しようかと少し心が動いた女もいたが、決定打がなくて俺から別れを告げ、今に至っている。 時折、あの時の智樹の浴衣姿を思い出し、訳も分からず一人で抜いてしまうことがあった。 俺はアイツに対して恋愛感情はなかったはず。 そう思いながらも、手を止めることができなかった。 なかったはずなのに…次第に心の中を智樹が埋めていった。 智樹…『好きだ』って言ったら、今更か? 俺は、お前のこと好きだったなんて、今頃気付くなんて。 ある日、幹事役の坂本(かー)(彼はいつも押し付けられている)から電話があった。 「おーい、奈留!久し振り。元気か?」 「あぁ、久し振り。成人式以来か?」 「そうだな。ところでさ、お前、お盆に帰省する予定ある?」 「いや…ないけど。何で?」 「仲の良かった奴らだけで、同窓会もどきでもするか、って話になってさ。 もし帰ってくるなら顔出せないかなって。」 「うーん…ちょっと分かんねーわ。ごめん。 で?誰が集まるんだ?」 「俺だろ?前田、(たける)、のんち、かーじ、ヒガシ…それと、智樹。 お前も揃えば盛り上がるんだけどな。 ギリギリでもいいから、返事くれよ。」 ドキリとした。 智樹も…来るのか… 「分かった。イエスとも言えないけど、また連絡する。」 「いい返事待ってるよ。じゃあな!」 電話を切って、ソファーに座り込んだ。 帰省すれば、智樹に会ってしまう。 何事もなかったかのように話せるのだろうか。 あの日、一度も振り返らなかった智樹。 俺のこと…今、どう思ってるのか? 俺は、お前のこと… 答えの出ないまま、8月を迎えた。 坂本やヒガシ達からは『帰ってこい!』と矢のような催促電話やメッセージが届く。 極め付けは、尊からの『智樹も楽しみにしてるから』のひと言だった。 待てよ。 『楽しみ』になんてしてる訳ないだろ? でも…もし、本当に待ってくれているのなら… 帰省の3日前になって、ようやく坂本達に『都合ついたから帰るよ』と恩着せがましい連絡をすると、慌ただしく荷物をまとめた。 食事をしても腹に入っているかどうか分からず、ベッドに横たわっても寝ている気がせず、ふわふわした気持ちで数日を過ごした。 そして当日… 運良くキャンセルが出た指定席に乗り込み、これで全ての運を使い果たしたんならどうしようかと、訳の分からぬ不安に陥った。 浮ついた気分のまま乗り換えをして、地元に辿り着いたのは夕方だった。 「奈留…生きてたの? たまには連絡くらい寄越しなさいよ! で?一体いつになったら腰を落ち着けるの!? 瑛太はもう3人目が出来たというのに…」 2つ年上の兄貴…瑛太は大学卒業と同時に結婚して、3児の父になるらしい。 相変わらずのお袋の小言も何年振りか。 適当にあしらっていると、坂本から連絡があった。 「奈留、お帰りー! いつもの店に集合!みんなもう揃ってるぞ。 あ、連絡してた通り浴衣で来いよ! その方が目立ってナンパしやすいからな!」 坂本、とうとうお前も前田の仲間入りか… 文句を言いながら持ち帰った浴衣に袖を通し、まだ小言の続いていたお袋を無視して、玄関のドアを開けた。 日が落ちてもまだ空気は熱を持ち、焼けたアスファルトはなおも蒸れた匂いを放っていた。 バス停には、花火大会に向かうのであろう、カップルや家族連れが列をなしていた。 やれやれ。 親の考えはいつもと同じか。 結婚…しようと思ってたけど、決定打がなかったんだよ。 それに、俺はきっと、女は愛せない。 一頻り文句を言う頃に店に着いていた。 「奈留ー!こっち!!」 かーじが俺を見つけて手招きした。 ガタイのいい浴衣姿の野郎共は、良く目立つ。 「お待たせ。久し振り! しっかし、お前ら、マジで目立つわぁ…」 「だろ?だろ?早く座れよ! ちょっと腹満たしたら、花火大会に行くぞ!」 空いていた席の隣は…智樹… 「…久し振り。」 「…うん、久し振り。」 たったひと言だけ交わすと、会話が続かなくなった。 良かった。それでも来てくれてたんだ。 坂本のカンパイの音頭で始まったプチ同窓会。 お互いの近況やら仕事のことやら、彼女のことやらで暫し盛り上がった後、前田が 「一旦お開きで、かわいい彼女をゲットしに行くぞ! では、解散!幸運を祈っててくれ!」 とハイテンションのまま、坂本やヒガシを引き連れて行ってしまった。 アイツら、前もって打ち合わせでもしていたのか。 デキ婚で入籍だけしていた かーじ と尊は『家族サービスだ』と帰宅し、のんちは彼女が迎えに来て手を繋いで出て行った。 残された俺と智樹は 「智樹、どうする? せっかく来たから花火でも見るか。」 「…お前がいいなら、付き合うよ。」 「じゃあ、行くか。」 「…うん。」 あの、成人式の時のように、人混みの中を2人並んで歩いた。 夜空を大音量と共に鮮やかな光の花が咲いている。 少しずつ、智樹と距離が出来ているのに気付いた。 あ…まさか、また人混みに酔ったか? 「智樹!大丈夫か?」 「…ごめん…やっぱ無理だった… 俺帰るから、前田達と合流して。」 「ばか。いいから、こっちに来い。」 この場面…数年前と同じ… 同じように人混みから外れ、自販機で水を買い、誰もいない公園へと(いざな)った。 「…落ち着いたか?」 俺の問い掛けに、智樹はまだ青い顔をして、ふふっと微笑んだ。 「…あの時と…同じだ…」 俺は黙って智樹を見つめていた。 「奈留、ごめん。 俺…やっぱり、お前のこと忘れられない。 気持ち悪いよな、ごめん。 今回もどうしようかと思ったんだけど、最後にどうしても一目会いたくて。 でも、もうこれで終わりにするから。 もう、二度とこんな集まりには顔出さないから。 迷惑もかけない。 奈留、元気で。」 じゃあ、と立ち上がろうとする智樹の腕を取り、抱き込んだ。 「な、奈留っ!?」 「あの時と同じに言いっ放しで、俺の気持ちは無視なのか? …あれから、いくつか恋愛をしたけれど本気になれなかった。 俺は…お前のこと、好きだったんだ。」 びくりと智樹の身体が跳ねた。 「今更かもしれないけれど、もう逃げない。 智樹、好きだ。」 目を合わせ、そっと唇を合わせる。 硬直していた智樹の身体が、次第に緩んできた。 ちゅ、とリップ音を立てて離れると、涙目の智樹が 「…嘘だ…揶揄うなよ…奈留、もういいよ。 ごめん、幸せに。」 俺の手を振りほどこうとする智樹を抱きしめ、公園の奥へ引き摺り込んだ。 「奈留っ!?」 背中を木に押し付けて智樹の青い帯を解くと、両手を上で拘束し手首に巻き付けた。 上半身が露わになり、完勃ちした性器がぶるりと勢い良く跳ねた。 下着、付けてなかったのか… 荒く息を吐く唇に、吸い付いた。 「っ!?」 薄く開いた唇を割って舌を捻じ込ませ、夢中で口内を犯し続ける。 片手で拘束した手を押さえ、片手でもどかしく自分の帯を解き、下着を脱ぎ捨てた。 花火の上がる音や歓声が遠くに聞こえている。 夢中で唇を貪りあった。 打ち上げ花火にぼんやりと照らされた白い肌。 両手を帯で緩く拘束しても抗うこともせず、俺のなすがままになっている。 切なく途切れ途切れに俺の名を呼ぶ甘い声。 流れる汗、オスの匂い。 はだけた浴衣が布切れのように腰に纏わり付き、熱を孕んだ肌が擦れ合う度、下半身が切なく疼く。 俺は智樹の身体にむしゃぶりつき、舐め回し、2人の屹立を握り込んで、共に果てた。 獣のように口で息を吐く。 多分 好きだった。いや、認めたくなかっただけ。 自分の気持ちに気付かないフリをしていただけなんだ。 潤滑油も何もない。 俺と智樹の吐き出した愛液を智樹の後孔に擦り付け、指をゆっくりと抜き差ししていった。 一番敏感な部分を探し出し、丁寧に愛撫してやる。 「…ああっ…奈留っ…そこは」 「俺のものにしたい。智樹、好きだ。」 覚悟を決めたような智樹は 「なるべく…痛くないようにしてくれ。」 とささやいた。 妖艶なその顔に、ますます欲情した俺は、もう我慢が出来ずに張り詰めたソレを智樹に少しずつ埋めていった。 「…っ、キツっ…」 「んっ、あっ、何かもう、変…」 一番太い部分が収まると、後はぬるりと奥まで達した。 ドクドクと脈打つ俺自身は、智樹の無数の襞に優しく包まれてもう弾けそうだった。 堪らずに懇願する。 「智樹、動いていいか?」 涙目の智樹が頷くのを見ると、腰を突き入れた。 「ああっ」 強弱をつけ、何度も何度も抽挿を繰り返す。 肌が打つかる破裂音は、花火の音に紛れてしまっていた。 「…奈留…一緒に、一緒にイきたい…」 「分かった…」 天を向く智樹の屹立を擦り上げると、欲を吐き出すタイミングを合わせ、2人ほぼ同時に達した。 「くっ」「うっ」 猛ダッシュの後のように、荒い呼吸のまま抱きしめ合い、暫くその体勢で動けなかった。 「…智樹、ごめん…痛かっただろう…こんな所でごめん。」 「…大丈夫…けど、ベタベタして気持ち悪い…」 見知った知識をフル動員して、智樹の後孔から俺が放った欲を掻き出してやり、残ったペットボトルの水で、手を(すす)いだ。 乱れた浴衣を着付けてやり、手を取ってゆっくりと歩き出した。 やはり痛いのか、覚束ない足取りの智樹を支えるようにして歩く。 空には、そろそろクライマックスなのか一段と華やかな大輪の花が咲き誇っていた。 「…智樹…一緒にいたい。ホテル、行くか…」 「うん…奈留…うち、誰もいないんだ…」 「えっ!?…じゃあ、智樹ん家、行ってもいい?」 「だって、浴衣ドロドロだろ? そんまんま家に帰れないだろ?」 「あははっ、そうだな。 …ひとっ風呂浴びてから…ちゃんと愛し合おうか…」 「…ばか。」 照れまくる智樹の頬にキスをして、俺達は数年分の思いを埋めるように指を絡め恋人繋ぎをすると、まだ人気のない道を歩き出した。 翌々日。 坂本に呼び出された俺は、喫茶店でアイスコーヒーを飲んでいた。 「すまん、待たせた。あ、おねーさん、俺もアイスコーヒー。」 「何だよ、話って。」 「上手くいったんだろ?智樹と。」 ぶほっ 思わず口に含んだアイスコーヒーを吹き出しそうになった。 「…げほっ、げっ、げほっ…何で?」 「あははっ。図星か。 お前ら見てたらもどかしくってな。 自覚なかったかもしんねーけど、昔っから奈留の方が智樹に夢中だっただろ? それなのに中々くっ付かないから。 成人式の後は撃沈で、その後もダメで。 俺、今年に掛けてたんだ。 ま、仲良くやれよな。 そんでまたみんなで会おうぜ。 あ、俺今からデートなんだ。 一昨日声掛けたかわい子ちゃんと。 じゃあな、奈留。困ったことがあったら言ってこいよ!」 アイスコーヒーを一気飲みすると、ひらひらと手を振り、坂本が席を立った。 ほぼ入れ違いに、俺の恋人が入ってきた。 「奈留!」 「智樹!坂本、今からデートだってさ。 そろそろ時間か…着いたら電話するよ。」 「俺も同じ電車なんだけど。」 「え?」 「偶然なんだけど、俺の会社、お前んとこの近く。 住んでる所もほぼ一緒。 8月まで出向でこっちに来てただけで、盆明けから本社に帰るんだ。 だから…」 「マジか…早く言えよ…なぁ智樹、一緒に住まないか?」 破顔した智樹と駅に向かう。 これから始まる、一生続く逢瀬に期待を寄せながら。

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