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第3話

 悩んでいても落ち込んでいても、一人暮らしのサラリーマンなら休日にやらなくてはならないことはある。うだうだするのはその後だと自分を叱咤して、掃除洗濯それから一週間分の食料の買い出しなどを行った。主婦かよって言いたくなるが、一人暮らしの野郎なら誰でもやっていることだ。それから昼寝ならぬ夕寝を少々。決戦の前には腹ごしらえだけでなく、睡眠も重要なのは言うまでもない。  何も考えないようにしていても、やはりいろいろ考えてしまう。でも忙しく身体を動かしてる分、余計な横道に逸れずあっさりと自分の中の気持ちを見つけることが出来た。いろんな鎧を脱ぎ捨てた素直なオレの気持ちは、今でも和志が好きだってことだった。ただし、付き合い始めの頃のような激しい気持ちではなく、穏やかな落ち着いた『好き』だった。恋愛感情はある。でも、激しさは無い。  和志がオレ以外のヤツとも付き合ってるって事に関しては、不愉快の一言だった。もちろんあの男への嫉妬はある。が、どちらかと言うと和志に対しての怒りの方が大きいような気がする。きっとオレが和志の相手の顔を見てしまったからだろう。あの表情は、和志への素直な気持ちをそのままに表していたから。  一方オレの方は、相手に対しての感情表現がかなり乏しい。心の中はいろいろ忙しいのだが、テレもあって実際はなかなか素直になれないのだ。つい心にもないことを言ってしまってケンカになることもあった。これでも最近はかなり素直になった方なのだが……。 「とりあえず、なるようになる。……よな?」  いろいろ悩んだ末に出した結論は、『運を天に任せる』だった。何もしないワケではない。行動した結果を受け入れると言うことだ。グダグダ言ってるとは思うが、これも性分なのだから仕方ない。  夜九時過ぎに和志の部屋へ向かった。      お疲れさん。      もう仕事は終わったか?  電車の中で和志にメールを出したが、最寄り駅に着いても返事は無かった。  駅から和志の部屋までの道のり。この道を歩くのは今年二回目だ。あのときはショックを受けた。そしてきっと今回……。  いつもの場所から見える和志の部屋は、カーテン越しに灯りがついてるのが分かった。消し忘れたのでなければ、和志は帰宅してるのだろう。  とうとう和志の部屋の前まで来た。呼び鈴を押すかどうか迷う。ここは和志の部屋でオレの部屋ではないのだから、呼び鈴を押すのは人としては当たり前の行為だ。でも、なんとなく、今回だけは鳴らさない方が良いような気がする。黙ってドアを開けたのを咎められたら、ここは素直に謝ろう。  合鍵を出してそっとドアを開けた。入口には履物が二つ。見慣れた和志の革靴と、明らかに和志の好みじゃないポップな配色のスニーカーだ。リビングの灯りはついてるけど、玄関から見えたそこには人の気配は無かった。  靴を脱いでそっと中に入る。心臓がドキドキする。気分は不法侵入者、状況的にそのまんまだ。ローテーブルの上には弁当ガラが二つ。ひとつはキレイに食べ終えてるけど、もうひとつはまだ半分程残ってる。それから……ドアの向こう、寝室から聞こえる声。  他人の情事なんて一度も見たことが無いからそれが激しいのか普通なのかは分からないが、少なくともドアから漏れ聞こえてくるその音と声は、オレとのに比べるとかなり激しかった。音って意外といろんな情報を伝えるんだな、と、関係ないことを考えてみたり。  その後オレは静かに外に出て施錠した。ドアポストから合鍵を放り込む。カチャンとやけに響く音がしたが、構わずその場を後にした。きっと和志にはその音が聞こえていただろう。  歩きながらスマホを操作し、和志からの接触は全てブロックした。  帰って来たオレはコートも脱がず真っ直ぐ冷蔵庫へむかい、今日買ったばかりのビールをその場で一気飲みした。今夜くらいは酔って無理矢理忘れても良いだろう。それくらいは許されるよな? 誰にともなく言い訳しながら、買い置きしたビールと缶チューハイを全てリビングのローテーブルに運んだ。よし、呑もう。  ダラダラと飲みながら酔いの回った頭で考える。わざわざ自分から傷付きに行くオレって、つくづくマゾだよな。ホント、何がしたかったんだよ。これって、別れる口実を自分から見つけにいったようなものじゃんか。  昼間は和志のことを好きだと思ったが、今はそれが本当なのかよく分からない。もしかしたらオレの気持ちは既に冷めていたのかもしれない。じゃあ和志は? 飽きたなら飽きたって言ってくれたら良かったのに。そしたらオレは……、オレは……。 「くっ……」  翌日、二日酔いの状態で目覚めたオレの顔は、アルコールのせいで浮腫んでいて、そして目も腫れぼったかった。  和志から連絡は無い。それについてオレは何とも思わなかった。心の一部が機能停止か何かしたようで、何の感情も湧かなかったんた。  たとえオレに何があろうと時間は平等に流れ、休日は終わり仕事のある平日が始まる。仕事にはスケジュールや納期がある。給料をもらっているサラリーマンである以上与えられた仕事はやらなければならなくて、つまりは仕事しろってことだ。  以前ダメ出しをして返却した納品物が再提出されていたので、その検証に没頭した。納品物の量が多く、しかも納期までの日数が短い。グダグダと余計なことを考えるヒマの無い状況は、今のオレには良いのかもしれない。オレは仕事に没頭していた。  あんなことがあった翌週末、残業から帰ったオレの部屋のドアポストに鍵が入っていた。鍵の形状から言って、以前オレが和志に渡した合鍵だろう。きっと連絡がつかないことに苛立った和志はオレの部屋までやってきて、合鍵が合わないことにますます苛立って、そして帰っていったんだろう。ざまあみやがれ。少しだけそう思ったオレは悪くないハズだ。実は鍵は即行で換えておいたのだ。  和志の性格を考えたら、これ以上の接触は無いと思う。大学の友人時代からの付き合いは六年間にも及ぶ。決して短くないその付き合いが、当人同士の別れの挨拶もなく完全に終わってしまった。呆気ないよな。もしかしたら修羅場を演じた方が良かったのだろうか?  何にせよ、当分恋愛とかはこりごりだ。暫くは独りがいい。

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