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第2話

 納品物のチェック、それがオレの仕事だ。オレが入った会社はシステム開発をメインとする会社で、業界内では大手のうちのひとつである。配属されたのは『納品物監査部』。昨今は納品物の形式書式等いろいろ細かい決まり事があって、それに則った形でないと納品物としては認められないらしい。この部署の主な検証物は設計書とそのテスト結果だ。それにどんな添付資料を付けるかは、契約時にほぼ決まっている。一部の特殊な場合を除いて、その添付資料にも決まった書式はある。これらをしっかり守らないと、納品後のトラブル発生時にウチの会社が被害を被る場合があるのだ。だからたとえ形式等の確認だけとは言え、検証は気が抜けない。  ちなみにオレが配属された部は、社内で配属されたくない部署ナンバーワンだと言われている。重箱の隅をつつくような指摘になる場合もあるため、この部にいる人間は他の部の人から嫌われていることが多い。一部の人を除いては、他部署と私的な交流すらないのが現状だ。入社早々この部に配属されたオレは最初からこの状態なので、特に文句とかは無い。むしろ余計な付き合いが無い分気楽だと思っている。  仕事始めから後、和志とはメールで数回連絡を取り合っただけだ。仕事が忙しく休日出勤もしていて、ほとんど休めない状況だとか。実際和志の会社は忙しいことが多く、似たような状況は過去何度かあった。だからきっと仕事が忙しいんだろう。モヤモヤした気持ちはあるけれど、自分でどうしたら良いか分からない今は、何もしないことにしたのだ。時間が経てば、オレ自身どうすべきか分かるかもしれないから。  一度だけ土曜の夜に電話をしたことがあったが、和志が出ることは無かった。翌朝に来たメールには、疲れ果てて寝てて気が付かなかったと書いてあった。 「お疲れ~」 「おう。ほんっと疲れたわ」  月末の金曜の夜、久しぶりに和志はオレの部屋にやって来た。今年初だ。それを思い出したオレは……。 「もう1月も終わるけどさ、明けましておめでとう」 「うはっ、それもそうだな。今年もよろしく」  何となくその言葉には応えず、にっこり笑うだけにしてしまった。 「忙しいって言ってたワリには元気そうだな」 「そりゃあな。まだまだ若いってことだ」 「自分のことを若いって言うやつは、既におっさんだって知ってるか?」 「ひでぇ」  いつもと変わらないやりとり。時々冗談を混ぜつつ、お互いの近況を話しながら、穏やかに夜は更けて行く。和志は全然変わってないように見えた。あの日見たものが夢だったのではと思えるくらい、いつも通りの和志だった。でもオレが見たあれは、確かに事実だった。 「風呂……どうする?」 「ご慈悲を。是非浸からせてください」 「さすがに寒いから溜めるぜ」 「やっぱ凛は優しいな。最近シャワーばっかだったから、ゆっくり浸かりたいってずーっと思ってたんだよ」 「シャワーばっかだと疲れは抜けないぞ」 「だからここでのんびり疲れを癒しっつぅっ! いてぇよ」 「オレんちは温泉宿じゃねぇってんの」 「ぃよっ、女将!」  上機嫌な和志はほっといて風呂場へ来た。蛇口をひねって湯になるのを待つ。それから風呂の栓をして湯を溜め始めた。スイッチひとつで湯はりが出来るハズなのだが、故障してしまったらしく今は手動で湯はりだ。管理会社に連絡しなければと思いつつ、追い炊き機能が使えるからまだしていない。  溜まっていく湯を見ながら自分に問う。オレはどうしたいんだろう? 何も知らなければ浮かばなかったその自問。あんな場面を見てしまった今は以前のようにはいられない。心の隅にどうしても疑いが湧く。あの男は誰なのか? あの男との関係は? あの男とは今も続いているのか? それと同時にもうひとつ。今まであの男のような相手が、オレと付き合ってからもいたのか?  一度芽生えた小さな疑いは決して消えない。 「湯が溜まったぜ。狭いけど一緒に入るか? 疲れてる和志クンに、今夜は特別にこの凛サマがお背中流しましょうか?」 「うわっ、何それ? めっちゃ嬉しい」 「特別出血大サービスだ」 「おおっ、最高ーっ! あ、でも残念。今日は独りで入らせて」 「えっ、そうなの?」 「だってさ、久しぶりの風呂なんだぜ。湯に浸かるの今月初なんだもの。ゆっくり独りで湯に浸からせてくれや」 「その言い方、なんか臭そうだな。まあ仕方ない。ゆっくり浸かってこい」 「うは、さんきゅ!」  上機嫌なまま風呂に向かう和志の背中を見ながら、ここでもやっぱり疑いが湧く。オレと一緒なのは、ホントはイヤだったんじゃないかって……。猜疑心てやつは雨後の筍と同じで、次から次へと湧いてくるみたいだ。 「あ、はっ、んっ、はっ、はっ、はぁ……」 「好きだぜ、凛」  和志のモノがオレのナカに入って来る。何度も繋がって慣れてる行為の中で、唯一未だに慣れないこの瞬間がキライだ。いくら慣らして拡げても、入って来るときは内臓が押し上げられるようなカンジがして、やっぱり苦しい。  なるべくゆっくりと息をしながら、オレのそこが和志のモノに馴染むのを待つ。その間和志はオレの背中にキスしたり、脇腹を撫でたりしながら我慢強く待っていてくれる。 「もういいぜ、動いても」 「分かった」  直後、和志が動き出す。暗闇の中聞こえるのは、オレの声、和志の息遣い、そしてベッドの軋む音。 「あっ、イク、もうイクッ、イク、イク」 「うっ……」  いつの間にかナカの刺激だけでイケるようになってしまったオレは、和志のモノに気持ち良いところを擦られてドライでイッてしまった。イきながら和志のモノを締め付けて、直後、ナカに熱を感じた。 「久しぶりだもんな、感度良すぎ。まだ前はイッてないだろ」 「んん、あっ、はっ、ああ」 「ほら、イけ」 「あぁぁ……」  パンパンになっていたオレのモノは、和志に触られただけで、あっと言う間に達してしまった。 「もしかして凛、溜めすぎじゃないのか?」 「誰のせいだと」 「はは。スマンスマン。忙しかったんだよ」  今年に入って一度も自慰をしてなかったオレの身体は、刺激にとても敏感だった。 「ごめんな、もっとがっつきたいけど今夜はムリ。やっぱ疲れてるわ」  ゴムの始末をした和志は、オレを抱き込んだまま直ぐに寝息をたてていた。オレも黙って目を閉じる。ぬくもりに眠りに入る直前にオレが考えていたのは、オレ自身和志のことをどう思ってるんだろうか?ってことだった。  翌朝。いつの間にか和志に背中を向けられていたらしく、隙間から入って来る冷気に早朝から目が覚めてしまった。何も身に着けず裸のまま眠ってしまった身には、真冬の冷気はかなり厳しい。  手を伸ばしてエアコンのリモコンを探す。暖房のスイッチを入れたオレは、部屋が暖まるまでもう少し惰眠をむさぼるべく和志の背中にくっつこうとして……そこで止まった。  和志の背中には傷があった。爪でひっかいたような、どう見ても情事の名残りとしか言いようのない……。  部屋が暖まった頃に目が覚めた和志は、朝メシを食べた後慌ててオレの家から出て行った。 「スマン。トラブったみたいだ。プロジェクトのメンバー全員緊急招集だって」  メシを食べてるときに来たメールを読んだ和志は、急いで身支度をし、あっという間に出ていってしまった。すまなそうな顔をしてオレに謝っていたけれど、その瞳の奥には別の感情が見え隠れしていたのに気が付いた。付き合いが長くなったオレには、鈍感になろうとしてもやはり気付いてしまうらしい。  食べかけのメシを独りでもそもそと食う。こんな状態でも普通にメシを食えるオレはおかしいのかもしれない。  今年に入ってからずっと、オレは自分の気持ちがよく分からなくなってしまっていた。敢えて考えないようにしていたとも言える。でもそろそろ、自分の中の気持ちとじっくり向き合う必要があるのかもしれない。食後の茶を飲みながら、そんなことを思った。

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