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番外編 鍵を捨てる音

 カチャン  たいして大きな音じゃなかったはずなのに、何故かオレにははっきりと聞こえた。 「和志?」 「なんでもない。それより、も!」 「あっ……、深い」 「オレはまだまだ元気だぜ」  仰向けに寝てるヒロを抱き起こし、対面座位に持っていく。もちろんアソコは繋がったままだ。ヒロのそこは具合が良すぎて何度でも穿ちたいと思う。実際年末からのオレは、自慰を覚えたばかりの猿と同レベルな状態だし。何度やってもまた欲しくなる。麻薬かこいつは? オレだってこいつにハマリ過ぎてるのは分かってるさ。だけど本能には逆らえない。 「年末に煩悩を捨てなかったからかもな」 「え、何?」 「何でもない。ほらっイけ。後ろでイクの覚えただろ?」  激しく揺さぶってやれば甲高い声で鳴き、ナカを痙攣させながらイったようだ。つられてオレも種をぶちまける。ゴムなんか付けてない。ナマでやるのがこれほど気持ち良いとは。今までかなり損してたようだ。  まだ痙攣してるヒロを抱きしめてやればナカの角度が変わったのか、オレのブツがすぐさま元気になってくる。夜はまだこれからだ。もう少し付き合ってもらうぜ。  身体を拭いたり種を掻き出したり、それからシーツを替えたりしてたら明け方近くになっていた。ヒロは抱き潰されて眠ってる。かなりがっついたもんなぁ。こいつを抱いてると学生時代に戻ったような気がする。ただしコトが終わった後はオレの方もヘロヘロだが。それにしても面倒臭ぇ。やってるときは最高だと思ったが、今はそのときのオレを殴りたい気持ちだ。それでも我慢して後始末してるのは、こいつが腹を壊したら抱けなくなってしまうからだ。決して愛情ではない。  ヒロこと博紀(ヒロノリ)と出会ったのはクリスマス直後だった。その日は週末でたまたま残業も無く、ついでに言うと凛は会社の忘年会だった。こんな日にまっすぐ家に帰るのは勿体ないと馴染みのバーへ足を向けたんだ。と言っても通い始めて二年も経ってないし、常連と言える程通い詰めてるワケじゃないが。  その店は特殊な嗜好を持つ人が集まる店だ。オンナはお断りと言ったら分かるだろ? たまたま知り合いに連れられて行ったのが最初かな。以降は独りで行くのがほとんどだ。  このバーへ行く目的は、ずばり、その夜の相手を探す為。オレには凛と言う恋人がいるから、相手に求めるのは一夜だけの後腐れの無い関係のみ。だからそう言うヤツだけ選ぶようにしている。もちろん凛は知らない。気を付けてるから、今まで一度もバレたことはない。多分知ったら殺されるだろうな。きっとこれは間違ってないはずだ。  恋人がいるならそんなことするなよって思う人はいるだろう。だがオレにとってこれはちょっとしたアクセント、いや、エッセンスだ。そのおかげで凛とヤルときは新鮮な気持ちになれる。だから凛とのセックスをマンネリに感じたことは一度も無い。  そんなオレが何の因果かヒロにどハマりした。ヒロ本人って言うよりヒロの身体に溺れたってのが正しい表現だな。一夜の予定が何でかこうなった。もっともっと抱き潰したいって欲求が止まらないと言うか何と言うか……。マジかよ!って一瞬なったが、まあこんなことはこの先二度とないだろうから、飽きるまでは楽しむべきだって思っちまったんだよなぁ。  たまたま都合の良いことに年末は帰ってこいって親に言われてたから、これを利用してヒロを存分に堪能することにしたんだ。実家の方には仕事で行けなくなったって謝っておいた。社会人になった今は仕事って言い訳が出来るのが有難い。凛にウソをつくことになったのは少々胸が痛んだが、今回だけだと思ってつき通した。  ちなみにヒロはオレと恋人同士になったと思ってるみたいだ。自宅まで教えたからまあそう思うのも仕方ないか。オレ自身面倒だから否定もしてないし、気持ち良く抱かせてもらう為に少しくらいは優しくしたし。でもオレの恋人は凛だ。これでもあいつのことは大切にしてるんだぜ。 「そう言や何か音がしてたよな?」  やれやれやっと寝れるぜと思ったときに、ふとあの音を思い出した。何となく気になるから音がしたと思う方向へ。どこから鳴ったかは分からんが、多分玄関前の通路に瓶か缶が転がった音なんじゃ……。普段ならほっとくが、何故か今回は音の原因を探りに行く気になった。もしかしたら虫の知らせ的な何かが働いたのかもしれない。 「え、鍵?」  それを見つけたのは偶然だ。一瞬だけキラッと反射したんだよ。不思議に思って見てみたら、ドアポストの中に鍵が一本入ってた。何の脈絡もないそれに軽く混乱したが、鍵自体は見たことがある形状をしていて、よくよく見れば普段使ってるオレの鍵だ。……じゃなくて、オレの鍵と同じものだ。  何故こんなものがって思うと同時に青くなった。つまりは凛がここに来たってことだ。オレの記憶が間違ってなければ、凛がここに鍵を入れたときオレはヒロ相手に励んでたときだ。やべえ。まさか家の中までは入ってきてないよな? 「うわぁぁぁ、やっちまったかぁ」  本来ならこの週末は凛の家でまったりするハズだったんだぜ。実際一昨日の夜は凛の家にいたし、諸事情で一回だけだったとは言えセックスもした。馴染んでる部屋でぐっすり寝て、起きたあとは朝メシを食って……で、そのときヒロからメールが来たんだ。バイトがキャンセルになったからオレんちに向かってるってな。慌ててオレは凛の家を飛び出した。一応仕事って言い訳しておいたから大丈夫だろうって計算もしてた。それに、もう少しだけヒロを抱きたいって気持ちが強かったからその欲求に従ったってワケ。凛ならきっと大丈夫だと思ったし。友人時代も含めて付き合いは長いから、ちょっとくらいではオレたちの絆が切れるなんて思ってもいない。  どこでバレた?  何でバレた?   バレたとしたら凛の家に行ったときか。もしかして背中の傷を見られたか? だとしたらかなり拙い。ここに鍵を入れたってことはめちゃくちゃ怒ってるってことか。あいつ怒ると怖ぇからな。静かに怒るんだ。吠えてくれた方が遥かに気楽だよ。  今はこんな時間だしヒロもいるから、とりあえず夜にでも詫びの電話してみるか。出なかったら……、少し時間を置いてから機嫌取りに行けば何とかなるか。  このときのオレは、あれが凛との最後だとは思ってなかった。凛は優しいから、オレが謝ったら必ず許してくれると思ってたんだ。ずっと、オレ基準だとかなり長い間付き合ってたからさ、これくらいでオレと凛の付き合いが消滅するなんて思ってなかったんだ。  何だかんだで結局凛へ電話したのは、月曜の夜遅い時間だった。何だかんだってのはアレだ。昨日は真昼間からまた盛り上がってしまって、いろいろ忙しかったんだよ。ついでに今日は残業だったし。まあでも……、ヒロとのことはオレもだいぶ落ち着いてきたかな。十分堪能したし、そろそろ凛をじっくり可愛がりたい頃だ。ガツガツするんじゃなくて、あいつの隣でのんびり癒されたい。 「……んだよ。全然繋がんねぇじゃんかよ」  何度か凛に電話をかけてみたが、ずーっと話中。あいつに長話しする相手なんていたっけ? いったい何話してんだよ。ったくさぁ、せっかくオレが電話してやってるっつうのに……。結局三回ほどかけ直してみたがダメだったので諦めた。  翌日も同じだった。ついでに言うとメールもラインもダメ。どうやら凛は徹底的にオレを避けてるらしい。さすがに今回はかなりのご立腹だ。浮気がバレた身としては、これは拙いと思って週末には直接凛の家へ行くことにした。  オレはオレなりに凛のことは大切にしてきたんだぜ。好きだし気に入ってるし、それにあいつの隣は疲れない。時々男や、ごく稀に女を抱いたりするけど、それはちょっとした息抜きっつうか遊びだ。セックスで試したいことをそっちで試してみて、で、反応が良かったら凛にしてやるとか……。だからある意味凛の為だ。  ヒロについてはインフルエンザにかかったようなもんだと思ってる。熱が上がっちゃって、それ以外は手が付かないって言うのかな。そろそろ熱も下がり始めてきたっぽいから、やっぱりこのたとえは合ってると思う。  金曜日。オレは残業はぜす真っ直ぐ凛の家へ向かった。オレの会社の方が凛の家に近いから、先にあいつの家に行って中で待ってようって思ったんだ。きっとまだ怒ってるだろうから、オレを避けられない状況を作っておくってワケ。誠意を込めて謝って、仲直りした後はしっぽりってな。 「あれっ、何で? 鍵が入らん」  凛の家に着いて合鍵を使って中に入ろうとしたが、何故か鍵が入らない。少々パニック気味にカチャカチャやって、唐突にこの意味を理解した。あいつ……鍵替えやがった。  ドアの前で鍵を手にしたまま暫し茫然としてたと思う。あり得ないことがあり得たって言うのかな、オレにとってはこんなことがあるとは思ってもみなかったから。  そのうちに沸々と怒りが湧いてきた。浮気が見つかったのってたった一回じゃねえかよ。なのにこの仕打ち? たしかに他の男に寄り道したかもしれないが、凛のことはすっげー大事にしてたぜ。それはあいつだってわかってたはず。 「……そうかよ、分かったよ。そっちがそうなら、オレだってもう知らん」  たしかにオレは浮気したかもしれないが、たった一回見つかっただけでオレと別れるとかって酷くね? あっさりとオレを切るなんてさ、凛にとってオレはそんなに軽い存在だったわけだ。オレの方は凛のことをすっげぇ大事にしてたのに。もういい、もう知らね。お前の願い通り別れてやるぜ。後で泣いて謝ってきたってオレは知らん。  カチャン  やられたことはやり返す。合鍵をドアポストから投げ入れて、オレは凛の家を後にした。オレがその気になれば相手なんていくらでも見つかる。古女房なんてもういらん。とりあえず今夜はあのバーで適当に見繕って、むしゃくしゃした気分を解消してやる!  頭の中で悪態をついてるその片隅で、さっきの音はオレんちで聞いたのと同じ音だったなとも考えていた。

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