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第6話(完)
駅までの道のりを無言で歩くふたり。別にそれが気まずいってことは無く、ほろ酔いのオレは、どちらかと言うと機嫌が良い。ひとりだったら鼻歌くらいは出てたかもしれない。今日の仕事は大変だったが、終わり良ければ全て良しってことだ。
だけど、実際はまだ終わりじゃなかったんだ。最後の最後に、山岸さんはとんでもない爆弾を落としてくれた。いや、くれやがった。
「……なあ、向井。バレンタインデーにチョコをくれるくらいだから、少しはオレに好意を持ってるってことだよな?」
「はぁぁぁあっ?」
「実はオレ、男もイケるんだ。向井は顔も性格もオレの好みだし。いやあ、呑みに誘ってみるもんだなぁ」
「だから何言ってるんすか!」
「何って? バレンタインデーの返事だな。チョコレート貰ったしなぁ、応えるのも甲斐性ってヤツだろ?」
「だからあれはっ」
「ははは。でも、オレにもちょっとくらいはチャンスあるだろ? 明日からじっくり口説くからな。返事は来月のホワイトデーまで待ってやる。当日は、愛を込めた手作りクッキーをプレゼントしてやるからな。覚悟しろよ」
いつの間にか駅の改札まで来ていた。山岸さんはオレの頭にポンと手を乗せて、それから颯爽と反対側のホームへ歩き去って行った。
その後の話をしよう。
どうやら山岸さんは有言実行の人だったらしく、翌日から積極的にオレとの距離を詰めるようになった。
たとえば、職場では納品量の多いプロジェクトを任されて、サポートに山岸さんが付いてくれたり。
「期日は短いが向井なら出来るだろ。安心しろ。オレも全面的にサポートしてやる」
「はい」
「とりあえず軽く見といてくれ。夕方から細かい打ち合わせをするから、スマンが今日は残業だ」
「……はい」
「帰りが遅くなったら、一緒にメシでも食おう」
「…………」
「どうした?」
「これって職権乱用じゃないんですか?」
「心外だな。向井なら出来ると思うから担当にしたんだ」
「はあ……」
「それにオレは向井と一緒にメシを食えて嬉しい」
たとえば、晩飯を一緒に行ったとき、山岸さんと同期の人とのチョコレート競争の結果を聞かされたり。
「向井。今年のバレンタインデーはオレが勝ったぞ」
「……良かったですね」
「おう。ヤツは今年はチョコパイ一個だったそうだ。対してオレの方は、向井からの愛を込めたチョコレートだからな」
「愛なんか込めてないっす」
「謙遜しなくても良いぞ。向井からの愛はしっかりと受け取ったからな」
「…………」(こいつ全然聞いてねぇ)
たとえば、職場での山岸さんのスキンシップが多くなったり。
「!」
「向井は頭の形が良いよな。思わず手を置きたくなる」
「それってセクハラっすよ」
「ははは、スマンスマン。だが、向井の頭の形が良いのが悪い」
「なんだよそれ……」
「まあ気にするな」
「…………」
「本音は頭じゃなく頬に触れたいがな。まあ他のメンバーもいるからガマンするか」
「一生ガマンしてください」
「無理だな」
たとえば、週末には残業の後居酒屋に連行されたり。
「ここの焼き鳥と煮魚気に入ってただろ?」
「ああ、まあ……」
「旨そうに食ってたからなぁ。見てるオレも嬉しい」
「…………」
「ん?」
「山岸さんて、オレのこと好きなんですか?」
「あれっ、言ってなかったっけ? 向井がウチの部に配属になった時から気になってたぞ。だが臆病なオレは告白もせず、上司として見守るだけだったがな。小心者と笑ってくれ」
「あの、申し訳ないですけど」
「それ以上は言わないでくれ。返事はホワイトデーまで保留ってことで。偶然とは言え折角掴んだチャンスだからな。積極的に口説かせてもらう予定だ。イヤなら一生懸命逃げてくれ」
「はあ……」
「まずはお互いを知ることからだからな。とりあえずいろんな話をしよう」
「いや、オレは話すより食う方が良いっす」
「それでも良いぞ。旨そうに食う向井を見てるだけでもオレは嬉しいからな」
「…………」
たとえば、次の週末には、晩飯の後何故かボーリングに連れていかれたり。
「おっさんだと思ってたけど、結構やるんすねぇ」
「二十八はおっさんじゃねえ。オレは運動神経は良い方だ」
「ふ~ん。じゃあ勝負します? 実はオレ、ボーリングは得意なんですよね」
「いいぞ。勝った方は一個望みを叶えてもらうってのはどうだ?」
「良いっすよ。あーでも、付き合うとかってのは無しで」
「それは大丈夫だ。オレは真っ向から口説くからな」
「はは……」
ちなみに勝負は接戦の末引き分けとなった。本気でやったのに勝てなかったし。くそぉ。
たとえば、平日は週に二回は山岸さんと晩飯を一緒に食ってたり。
「この店は年寄り夫婦がやってるんだがな、安いし量も多いしで、ここらへんではサラリーマンに人気があるな。オマケしてくれることも多い」
「へええ。薄給の身には嬉しいですね」
「おう。しっかり食えよ。向井はもう少し太った方が良い」
「オレはこれくらいが丁度良いっすよ」
「いやいや。オレとしてはもうちょっと肉付きがな。抱き心地を考えると……な」
「セクハラだ。しかもそのセリフ、おっさん臭いっすよ」
「なんだとー」
「ははは」
たとえば、その次の週末はまた山岸さんと一緒に飲みに行って、酔ったオレは和志とのことを愚痴ってたり。
「だからぁ、別のヤツと付き合うなら、先にちゃんと別れて欲しいっすよ」
「そうだな」
「二股なんて最低じゃん。しかもオレを切るつもりもなかったみたいだし。ただオレは、新しい男のせいで一番から二番に格下げってさ。バカにするなってんだよ」
「そうだな。そんなヤツは別れて正解だぞ」
「もう全部ブロックして、鍵も換えたんすよ。だからもうこれっきり。あいつはオレんちに来たみたいですけどね。ははは、ザマーミロって」
「じゃあ、もうスッキリと忘れろ。そんなのは向井には相応しくない」
「ですよねぇ? 山岸さんも二股とかするんすか?」
「それは無いぞ。オレは一途だからな」
「う~ん。山岸さんも見てくれ良いからなぁ。和志と一緒で絶対モテるっしょ」
「モテないよ。て言うか、向井の相手は男だったんか?」
「男でーっす。後天的ゲイ? そんなヤツ」
翌日、全てを覚えてたオレは、暫く立ち直れなかったのは言うまでも無い。
そうやって、少しずつ少しずつ、オレは絆されていったような気がする。気が付けば山岸さんと一緒にいるのは全然苦じゃなかったし、むしろ心地良いって言うか……。何と言うか、一緒にいて安心できるくらいになってたと言うか。ちょろいって言われたらそれまでだが、実際向こうはグイグイ押して来てるし、しかも無理矢理じゃない絶妙加減にキライになる方が難しい。
そして運命のホワイトデー。驚いたことに、山岸さんは本当に手作りクッキーを持ってきた。
「これ、本当に山岸さんが作ったんですか?」
「当たり前だろ。オレは有言実行の人だからな。作り方はネットで検索すれば出てくるから、意外と簡単だったぞ」
「ハートの型抜きも?」
「あー、さすがにそれはネット通販だな」
「ははは!」
「笑っても良いぞ。でもオレは本気だからな」
「あー……、クッキーありがとうございます」
貰ったのはハートの形のクッキーだ。それが透明な袋に入れられて赤いリボンで袋の口を縛ってあった。これを焼いてラッピングする山岸さんを想像すると、思わず笑いがこみ上げる。真剣に頑張った人を笑うのは申し訳ないが、でもやっぱり笑える。笑えて、そしてちょっと嬉しい。貰った側のオレも照れる。
「それで今日は返事を貰いたい。オレは向井が好きだ。できれば恋人になりたいと思ってる。今はまだ向井はオレに恋愛感情は持ってないと思う。でも少しでもオレに好意があるのなら付き合ってみてくれないだろうか? じっくり時間をかけてオレに惚れさせてみせるから。だからどうか、オレと付き合って欲しい」
面と向かって告白されるとやっぱ照れる。でも山岸さんの表情は真剣だ。だからオレもマジメに返事を返さなきゃいけないな。
何と返事をしようか?
どうしようか?
……なんて、返事は既に決まってる。
「ありがとうございます。オレは――」
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