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蝶々の住処

「なんでだろう……」  どこで間違ったのか首を捻る俺の肩を先輩が抱く。そのさりげない行動に肩がビクッと跳ねたのが自分でもわかった。 「尋音先輩?!」 「さ、早く入ろう」 「入るって、でもここは!!」 「大丈夫、ここで合ってる。さすがミィちゃん」  俺の静止も聞かず、ずんずんと促されてエントランスまでやって来る。今の時代ならオートロックがあって当然とも思えるそこには何もなくて、不用心だと思いながらも自動ドアの前に立つ。すると、いとも簡単にそれが開いた。 「なんだかセキュリティが甘すぎません?こんなの、誰でも入れるじゃないですか」 「そうなのかな?エントランスは顔認証でエレベーターは声帯、部屋は暗証番号と網膜と指紋認証らしいけれど」 「……え。それって、つまり全部じゃないですか」 「でもミィちゃんが甘いって言うなら、もっと改善させなきゃ駄目だね」  ここには国家秘密でも眠っているのだろうか。もはや国レベルのセキュリティに何も言えないでいると、やってきたエレベーターに乗りこむ。そこには非常用のボタン以外はなくて、扉が閉まった数秒後に先輩が「50」と呟いた。  そうすると何の問題もなく上昇が始まる。噂の声での認証をエレベーターが終えた証拠だ。 「先輩、もしかしてもしかするんですが。お住まいは何階……でしょうか?」 「50階」 「なるほど。それで、このマンションは何階建て?」 「それも50階だね」 「……地震がおきたら大変ですね」 「そうだね。下に降りられなくなれば、ヘリでも飛ばすんじゃないかな」  つまりは尋音先輩の家は高層マンションの最上階ってことになる。この辺りで1番高い建物の、1番高い場所にある部屋から下界を見渡して生活している……ということで間違いない。マンションに着いた時、先輩の家は意外と普通だと思った自分を殴りたい。  俺が現実に打ちひしがれている間に、乗り込んだエレベーターは1度も止まることなく目的地へと着いた。50階ともなれば時間がかかりそうなのに、俺が思っていたのよりも遙かに早く着いてしまった。  開いた扉から出て先輩の後ろをついて行く。50階には他に玄関扉が見当たらなかったけれど、容量をとっくに越えていた頭はそれをスルーした。そんなもの取るに足らないことだ。 「はい、どうぞ」  鍵穴のない扉を先輩が開け、家の中へと導いてくれる。だだっ広い玄関には靴1つなくて、我が家のように靴箱の上にカレンダーが置いてあることはない。そもそも、靴箱自体が見当たらない。きっと壁の一部として収納のクローゼットがあるのだろうけれど、あまりにも整頓されすぎていて聞く気にもなれなかった。   「お邪魔します?」 「なんで疑問形なの?」 「上がった瞬間に空気を汚しちゃうような気がして。ここ、赤外線センサーとか通ってないですよね?俺が足をつけたと同時に、不審者発見って撃たれたりしません?」 「ミィちゃん、ここは日本だよ。日本では拳銃の所持は許可されていないから安心して」  傷どころか埃1つないフローリングの床に足をつけていいものか悩むと、尋音先輩が俺の腕を強引に引いた。思わず脱げたスニーカーが玄関に転がり、整えようとするも伸ばした手がそれから離れていく。 「尋音先輩っ、靴!靴が」 「はいはい。放っておいたら玄関すら上がれないでしょ」 「なんか性格変わってません?!」 「そうでもないよ」  すたすたと廊下を進む先輩は、歩きながら「ここがトイレ」「ここが浴室」と説明してくれるけれど。浴室がどこかなんて俺には関係ないし、ましてやトイレなんて使えるわけがない。たとえ尿意を感じたとしても、先輩の家のトイレを使うぐらいなら、コンビニにでも走るつもりだ。  そうして連れられるまま玄関から廊下を抜け、ほとんどの面積をガラスで占めるドアのノブに先輩が手をかける。この先にはリビングが続いているのだろうと固唾を飲む俺の目の前で、それが静かに開いた。  まずは名前を名乗るか、それとも、おじゃましますと言うべきか。答えを出せないまま、ご対面……と、思ったのだけれど。 「──あれ?」

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