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心優しきメガネとゴリラ
「香西……テスト終わってすぐにゴリラは辛い」
「それは俺も同じだ。俺だって、お前の顔なんか見ても何も楽しくない」
「じゃあ、わざわざ来なきゃいいだろ。なんで嫌なことを率先してするんだよ」
「仕方なくだ。嫌々、行きたくない自分自身を叱咤して、渋々ながらも来てやったんだろうが」
大きな身体を揺らして1歩進んだ香西は、集まる視線に臆することなく俺を手招く。相変わらず口が悪いことには変わりはないが、少しだけ変わった俺たち2人の関係性に、心がくすぐったかった。ちょっとだけ友情が芽生えたような感じがする。でも、それを本人に言ったら視線で殺されるから、絶対に口にはしない。
そうして、不意に緩みそうになる頬に力を入れ、足早に香西の元へと向かう。
「それでゴリラの要件は何だ?」
「柳、お前なぁ……もっと他に可愛い言い方はないのか?」
「じゃあ逆に聞くけど、ここで俺が首傾げて上目遣いで『ご用はなあに?』なんて言ったら、お前吐くだろ?」
「それもそうだ。さっき食べたうどんが出る」
朝っぱらにやって来たくせに、どうやってうどんを食べたんだろうか。きっと取り巻きに用意させたのだろうけれど、それがうどんだったのはなぜだ。
うどんよりも骨付き肉の似合いそうな香西が、背中を丸めて麺を啜る姿は……ちょっと想像したくない。
「こんな場所でゴリラに吐かれると困るから、早く言えよ。何の用?」
再び訊ねた俺に、香西がポケットから取り出したもの。白色のそれは、どう見ても封筒で。もちろん縦長の和風なものじゃなく、洋風の方のだ。
「え、それって手紙?やめてくれよ、香西からのラブレターなんて、俺にとっては悪魔の手紙と大差ないって」
「柳。寝言は死んでから言え」
「ゴリラに教えてやろう。寝言っていうのは寝てから言うんだよ。死んでから言うなら遺言だろ」
「お前はバカか。遺言は死ぬ前に遺すものだ。死んでから言うのは……なんだ?予言……お告げか?」
ここにきて知ったことだけれど、香西は愛すべきバカなゴリラだった。こいつは幽霊と占い師を同じ括りで考えているらしく、しかも至って真剣な顔をしているから天然なのだろう。
その天然バカゴリラが封筒を振りながら言う。
「あのクソの誕生日パーティー。それの招待状だ」
「マジか……香西、これってドレスコードとかあんの?」
「あるに決まってる。いくらお前でも、スーツぐらいは持ってるだろ?」
「一応これでも俺だって社長の息子なんでね。でも、多分お前が思ってるよりか何倍も安物だけどな」
冠婚葬祭の為に買ってもらったスーツが、部屋のクローゼットに眠っているはずだ。それを奥から引っ張り出して、兄ちゃんにパーティー用のネクタイを借りればどうにかなる……と、今は信じるしかない。いくらテストの結果が良くても、お高いスーツ一式を買ってもらうのは絶対に無理だから。
「柳が着たら高いモンも安く見えるから安心しろ。良かったな、平凡な顔に生まれて」
「お前ほんっとに悪口ばっかりだな。そんなんじゃ、そのうち取り巻きチワワに捨てられるぞ」
「阿呆。これでも手加減してやってんだよ。だってほら、平凡の泣き顔なんて見ても、ちっともそそられない」
「こっちだってお前を喜ばせる義理はねぇから。寝言でも遺言でも好きな方残してさっさと巣に帰れよ、ゴリラ」
そんなくだらない会話をしながら手渡された封筒を開くと、中から出てきたのは1枚のカード。
『愛知尋音 誕生パーティーのご案内』
印刷された文字を見た瞬間に勢いよく封を閉じたのは、本能故の行動だ。
尋音先輩の名前だけで胸が弾むなんて、どこの乙女だと思われるかもしれない。それでも、俺にとってはこの漢字4文字がひどく特別なものに見えた。改めて名前まで麗しい人だと思う。
『お誕生日会』とは書かれていないカードには、会場と日時が記されていて、その場所は俺でも知っている超一流ホテルだった。きっと一部屋を借りてではなく、大広間を貸し切って行われるであろう誕生パーティー。
いや、これはもう生誕祭と呼ぶべきだろう。祭だ、祭。
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