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心優しきメガネとゴリラ

 会場までの行き方を頭の中で思案しつつ、次に生誕祭の日にちを確認した。その日は先輩の誕生日の前日である土曜日で、時間は夜の7時からだ。 「香西。これに行くってことさ、尋音先輩に言った方がいい?まだ言えてないんだけど」  本当に香西が誘ってくれるか半信半疑だった俺は、尋音先輩に誕生日パーティーのことは何も言っていない。言った後に実は無しになりました、なんて格好悪くて言えなかった。  軽く質問すると、なぜか香西は表情を鋭くして軽く首を振る。 「駄目だ、あいつには絶対に言うな」 「え、なんで?」 「俺がお前をそこに連れて行くことは、どうせ遅かれ早かれ当日には必ずバレる。でも前もっては言うな」 「いや。だからその理由を聞いてんだけど」  俺の話を聞いていたか?と詰め寄れば、香西はチッと舌を打って眉間を押さえた。 「どこに反対されるのをわかってて、まざまざ事前報告するバカがいんだよ。もし今これが尋音にバレたら、その時点でこの招待状は無効になる」  指で招待状を弾いた香西は、柱に寄り掛かって辺りを見回す。そして尋音先輩がいないことを確認すると、声を抑えて言った。 「1つだけお前にアドバイスしてやる。このパーティーの尋音は尋音じゃないと思え」 「どういう意味?」 「どういう意味も何も、そういう意味だ。同じ顔をした全くの別人だと思えばいい」 「でも、俺が行けば先輩は喜ぶって香西が言ったんだろ?別人なのに喜ぶのか?」 「柳。お前はもう少し、人間には裏と表があるってことを知った方がいい。喜ぶのと歓迎するのは、また別の問題だ」  なんともまあ無理難題を押し付け、香西は足早に去って行く。当日までは、絶対に尋音先輩に気づかれるなと何度も念を押し、振り返ってまで再度忠告をして。  まるで極秘ミッションのような重たい招待状を手に自席へ戻れば、一連の流れを見守っ……監視していた由比の鋭い視線が迎えてくれた。俺がすっかり忘れていた机と椅子は、由比の手によってきちんと配置されている。 「なんちゃって勇者の柳君ってば、とうとう魔王の城に飛び込むの?お前の装備品、木の棒と葉っぱの盾なのに?」 「なんだよ、その表現。ってか机と椅子、ありがと」 「どういたしまして。でもって、俺は的確で、尚且つわかりやすい比喩をしたまでだ。小規模のパーティーにしか顔を出したことのない柳が、あの愛知家のご子息様の誕生日会に行くなんて、どうかしてる」  自分の鞄を漁った由比が小瓶を取り出し、中から小さな粒を口に入れる。まさかこのタイミングで胃薬か?と目を見張ると、どうやらそれはラムネ菓子だった。  色とりどりの小さな粒を、由比は1つまた1つと口に放り込む。 「由比、お前なんでラムネ爆食いしてんの?」 「いくらなんでも胃薬の乱用はマズいと思うから。病は気からって言うし、薬だと思って食べたら、少しは効果あるかもしれない」 「もう完全なるジャンキーじゃん。胃薬中毒かよ」 「誰の所為だと……まあいいよ。ところで柳。ここに来る人、どんな顔ぶれかわかってる?」  招待状を指さしながら問いかけてくる由比に、首を傾げて返事を返した。 「どんな顔ぶれって言われても、誕生日パーティーなんだから家族とか友達とかじゃないのか?」  あの尋音先輩に友達がいるかは怪しい。けれど俺の持っている知識をフルに使って答える。すると由比は、ラムネを1粒ずつからまとめ食べに変えて告げる。 「ほれ……んんっ、それに来るのは政治家に大金持ちの資産家、国内でも有数の著名人。それから愛知先輩のご両親はもちろんのこと……多分、異母兄弟も来るんじゃないかな」  肝を冷やすって、こういうことかもしれない。ドキッとヒヤリが一緒に襲ってきて、慌てて由比の顔を見返すと「知らなかったのか」堂々と書いてある。 「愛知家にそういう庶子がいるのは、界隈じゃ結構有名な話だよ。あ、庶子ってのは本妻以外との間にできた子供ってことね」 「そうなのか?なあ、今って戦国時代じゃないよな?」 「有名と言ってもそれなりの上流階級での話な。あそこみたいなガチの世襲制の家系は、正妻の子供が使えなきゃ他で……ってなるだろうし。確かに古臭いとは俺も思うけど、他人の家のことだから興味ない」  また一段と重みを増した招待状。厚手の紙でできているそれは、実は原材料が鉛なのではないかと思うほど急にずしりとくる。  ボリボリと由比がラムネを齧る音をBGMに、俺は封筒を見つめる。

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