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心優しきメガネとゴリラ

 やたらと重たく感じる手紙を手に突っ立っていると、俺の肩を小突いて急かしたのは当然、由比だった。それは早く座れって合図らしく、俺は滑り落ちるように椅子に腰を下ろす。 「とにかく、そんな物騒なものは早く鞄に突っ込んで。あとさ、放課後に寄りたい所があるって言ってたのって……もしかして愛知先輩の誕生日関係?」 「あ、ああ。テストも終わったし、そろそろ尋音先輩の誕生日プレゼントを買いに行かなきゃなと思ってって」 「愛知先輩にプレゼント?島か何かでも用意するつもり?それとも惑星の1つでも買う?」  汚れないよう、そして折れないよう慎重に招待状を鞄にしまいながら、真顔で冗談を言う由比に言い返す。 「バカ言うなよ。先輩は寝起きが悪いから、爆音の目覚ましがいいかなって思って、もう目星は付けてある」  放っておけば永遠に眠るんじゃないかと思わせる先輩の為にあるような、これしかないプレゼントを答えると、由比の真顔が崩れた。長年の付き合いでわかる「バカかお前は」の顔だ。 「おいおい。札束を着て歩いてるような相手に、1000円程度のプレゼント贈るつもりなのか?柳……そのネタは贔屓目に見ても笑えないって」 「ネタでもなければ、1000円なんかじゃないし。昨日の夜に調べたら、目覚ましのくせに3000円もしたしな」  ネットで調べたものは、目覚まし時計にしては値段が高めだった。けれど誕生日プレゼントだということ、一応は先輩と後輩の関係なことを考慮すれば、まあまあ妥当な金額だと思う。  俺の常識的にそう返すと、由比から出るのはため息だ。 「その10倍の値段でも愛知先輩に渡すなら安すぎると思うよ……そんな物を持って行ったら、お笑い者にされて柳が恥かくだけだって」  じゃあどうしろって言うんだ。他に何も思いつかないし、俺にはそこまでの金額はかけられない。うんうんと唸る俺に、由比は「そもそもさ」と口を開く。 「愛知先輩って、専属の世話係が常に傍にいるのに目覚ましが必要なのか?起こしてくれる人がいても起きないってことは、起きる必要がないにイコールだと思うんだけど」 「……それもそうだな。先輩は授業にも出ないし、学校に来るのも車だし。無理に早く起きる必要はないよな」 「だろ?あと、これは俺の個人的な見解だけどね。愛知先輩って目覚ましの使い方知ってんの?」 「――!!」  まさかまさかの初歩的な問題が、ここにきて発生する。  思わず俺が絶句してしまった理由。それは、ことごとく常識に欠けている先輩が、目覚ましをセットしてそれを止める方法なんて……知っているわけがないからで。  そんなことを知らなくていい環境にいる先輩が、不必要な知識を持っているわけがない。  ここ数日で考えた計画が、がらがらと音を立てて崩れ落ちる。  先輩の誕生日までは残された時間も少なく、テストが終わって再開するだろう放課後の鬼ごっこや、尋音先輩との時間を考えると余裕なんてないのに。  それなのに、振り出しに戻ってしまったプレゼント選びに頭を抱えると、100%の呆れ顔で俺を見る由比が額に手を当てた。 「柳。とにかく、最低でも諭吉1人は覚悟しなよ。うちが懇意にしてる百貨店なら特別価格になるから、そこで選べばいい」 「ゆっ、由比いいいぃ!!!神様仏様、由比京介……キョロ介様!!」 「だから、キョロ介って呼ぶな。それから、プレゼントを渡す時は2人だけの時に。間違っても人前で堂々と渡すなんて、気の狂った行動は絶対にしない。これ、絶対に約束できるよな?」  こくこく、と大きく頷き、感謝の意味を込めて由比の腕をむんずと掴む。何かぶつぶつ言っているけれど、お得意の小言だからそんなのは聞くだけ無駄だ。  持つべきものは親身になってくれて、知恵の働く友人。たとえそれが胃薬ジャンキーでオタクでも、俺にとって由比は最高の親友だ。

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