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心優しきメガネとゴリラ

 大きな製薬会社である由比家御用達の百貨店。事前に由比が行くことを連絡していたのか、百貨店に足を踏み入れた瞬間に俺たちは、案内係の綺麗なお姉さんに声をかけられた。今日は付き添いだからと、応接間に通されかけたのを断った由比に連れられ、何件かショップを巡っては首を捻る。  服も靴も、鞄も。全くと言って差し支えないほどに、先輩の趣味がわからない。シンプルな物を好むのは知っていても、こだわりというものが尋音先輩からは感じられなくて、それがかえって選ぶのを困難にさせる。  少し値段の張る筆記用具も、尋音先輩は授業に出ないから必要なくて、これといった趣味すらない先輩に何を渡せばいいかわからない。  自由すぎるプレゼント選びはかなり難航し、俺はヒントすら掴めずにいた。 「あー……すっごい悩む。いっそのことさ、手作りケーキでも贈る?」  買う気のない服を眺めながら由比に話しかけると、自分の物を物色しながら顔も向けずに返事が返ってきた。 「柳が賞でもとるレベルで作れるなら。お前がホテルのパティシエよりもお菓子作りが得意だなんて、10年来の付き合いだけど知らなかった」 「ですよね。俺が作れるのなんてホットケーキが精一杯だ」 「それ、愛知家じゃ朝ご飯にもならないんじゃないかな?そもそもパンケーキって言わない辺りが、庶民的すぎる」  言葉の暴力に心を抉られつつ、じゃあ手作りの……と何か考えてみる。お菓子以外の手作りで思いつくのは、マフラーやセーターだ。けれど6月にマフラーを渡すなんて、誰が考えても頭がおかしいだろう。そして俺はそんなもの作れない。  もとより、手作りっていう考えがおかしいか。いくら優しい尋音先輩でも、男から手作りを貰って喜ぶわけがない。良くて岸さんにパス、悪くて即座に捨てられるパターン。どちらにせよ渡しても傷つくことに変わりはなく、手作りマフラーの線は消滅した。  そんな風にうだうだと考え、だらだらと選び、過ぎていく時間に焦りに焦る。せっかく由比が連れて来てくれたのに、何を見てもいまいちピンとこなくて休憩がてらカフェに寄ってテーブルに突っ伏した。 「もういっそのこと身体にリボン巻けば?柳の記念すべき処女を捧げろ」 「冗談でも言うな。俺にリボンを巻いて何が楽しいんだよ」 「俺は何も楽しくないけど、クラゲな愛知先輩なら楽しいかもしれない」 「それならクラゲを贈るわ。ちょうど金魚も飼ってるし、仲間ができて最高じゃねぇか」 「柳って本当にバカ。金魚は淡水魚、クラゲが棲むのは海。そもそも環境が違う上に種族も違うから、仲間でも何でもない」  うるさい由比のうんちくを聞き流し、店の外を行き交う人を眺める。そこからヒントが得られないか見つめて、壁に凭れて電話をしている男を見た時だった。  男の掻き上げた髪から覗くのは、ピアスのたくさんついた耳。そこで俺の視線が止まる。 「ピアス……そうだ、ピアスだ!」 「は?!いきなり何?って、うわ最悪……操作ミスった」  急に立ち上がった俺に、スマホでゲームをしていた由比が顔を上げる。その顔がどんな表情を浮かべているかなんて、興奮している俺には見えるわけがない。 「尋音先輩さ、ああ見えてピアスしてるんだよ。なあ、ピアスって良くない?」 「はあ」 「だからさ、プレゼントは蝶々のピアスにする。女の人がつけてるような、ぶら下がったのじゃなくて。こう何て言うか……男でも使えるような」 「ほう」  できればさりげなくて、あんまり色鮮やかじゃないやつ。尋音先輩の綺麗な色の髪を邪魔しない、そんな物を。それを告げると、スマホをテーブルに置いた由比が頬杖をついた。 「それはいいけどさ、そんなピンポイントのデザインをどうやって見つける気?柳、まさかとは思うけど自分で作る……とか言わないよな?」 「作るに決まってんだろ。色は白か青で、ピアスの部分はシルバーがいいよな」 「え、マジで手作りすんの?正気?」 「大丈夫。技術は得意だから」  口を開けて呆ける由比を尻目に、スマホで検索をかければ手作りピアスを作れる店はいくつも見つかる。簡単な物なら1日で作れるらしく、家から1番近い所で予約をした。 「完璧だ。先輩の好きな物で、喜んでもらえそうな物で、先輩らしいプレゼント」  興奮を鎮める為に頼んだコーラを勢いよく飲めば、いつもより数倍美味い。達成感が追加された味に酔いしれ、ふふんと鼻歌まで出る俺の目の前で由比が沈んだ顔を見せる。 「手作りの上にアクセサリーって……。しかも、いつも身につけるピアスって。それもう恋人じゃねぇか…………」 「由比。今、何か言った?ちょっと聞き取れなかったんだけど」 「別に。柳の意外性に成長を感じていただけ」 「そうか。俺も高校生だし、最近は自分でもかなり成長できた気がする」  どんなデザインにしようか考える頭の中を、由比の「良かったね」が通過していく。けれど、その妄想がひと段落つけば蘇ってくるのは今朝の一件で。  明日も何か嫌がらせをされたら、どうしよう。見えない相手との戦いに、俺はどう立ち向かえばいいのだろう。それを考えると気分が少しだけ沈んだ。

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