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最後の最後、身勝手な感情について。

 付き合っていた時の記憶が、自然と思い出される。付き合っていた頃って言っても、その記憶は遠い物では決してなくて、「オレ、青斗といると幸せだ」って花乃が微笑んでくれたのも、つい数日前の事だったのに。  何がいけなかったんすかね? ただ、そもそも花乃が言うには「初めから好きじゃなかった」らしいから、オレと花乃の思い出も、花乃が見せてくれた笑顔も、全部偽物だったのかもしれない。花乃の演技とか、もしかしたらオレが見ていた幻想。  本当は、花乃はオレにうんざりしていて、適当に吐き捨てた言葉が、花乃と付き合えた嬉しさに浮かれたオレの目に、幸せそうに笑って見えていただけなのかも。  そのへんまで考えて、オレはやっと気が付いた。ああ、“こういうトコ”だったんすねぇ、って。  花乃は別れたいと言ったんだ。オレへの好意はない、って。  それなのにオレは別れたくなくて、こうやって必死で記憶を辿っては、花乃の言葉を否定出来る要素を探している。  友人達に言われ続けた「お前等、お似合いのカップルだよなぁ」なんて言葉を証明できる要素。花乃とオレ等は、こんなにラブラブじゃないっすかなんて訴えられる要素を。  そんなオレの執着心を気持ち悪いと思われたのかもしれない。告白を受けてくれたのも、そんなオレの執着心を怖がっての事だったのかも。  そう思えば花乃から切り出された言葉が、「ずっと大嫌いだった」だというのも納得じゃないっすか。オレはまた、自嘲を漏らした。  それほどの執着心を持つオレが、あっさりとした言葉を返した事は、花乃にとっても意外だったらしい。別れを切り出してからずっと無表情だった花乃の顔に、驚きが浮かんだ。  その驚きはすぐに引っ込んで、小さく首が傾げられる。そんな可愛らしい仕草に反して、浮かべている顔はオレを見下す様な笑顔。 「それだけ? もっとオレに恨み言とかあるんじゃねぇの? 情けなく引き留めると思った、とか言ったら自惚れかな? それともお前を馬鹿にしてる?」 「自惚れじゃねぇっすよ。情けなく花乃に縋って、引き留めたい気持ちはある。でもこれ以上、花乃に負担を掛けたくないっす」  それは別に、別れ際くらい聞き分けの良い男でいたいなんていう企みじゃない。花乃がオレという人間に抱いている印象が悪かったのなら、せめて少しくらい払拭してやりたいなんて、無駄で無意味な悪足掻きじゃないっすか。バカバカしい。いくら頭が真っ白になっていても、そこは変わらない。  オレがこんなにあっさりと返してしまえるのは、花乃に言った通り、これ以上負担になりたくないだけだ。  「最初から大嫌いだった」相手と、恋人“ごっこ”を演じていた花乃が、遂に別れを切り出したというのは、遂に我慢の限界が来たっていう事。  オレは花乃の隣で幸せだったけど、花乃はそれだけ苦痛を感じて生活していたんだ。どこかの誰かが作った歌みたいに、花乃の幸せを奪って、オレは幸せになっていた。  だからせめて、別れ際くらいは花乃に負担を掛けたくないと思った。でもそれは、結局花乃のためじゃなくて、自分のため。  花乃は結構プライドが高い男だから、オレに泣きわめいて縋りついてもらいたいって思っていたかもしれない。でも花乃がそう思っていたところで、オレはあっさりと別れを呑んだから、これは自己満足だ。  最後の最後くらい、花乃に負担を掛けなかったという自己満足に浸りたかっただけ。  ……ああ、コレは花乃に嫌われるのも納得っすわ。

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