1 / 33
第1話
来週は期末試験だ。
このイベント、正直憂鬱だ。
和谷夏樹(わやなつき)の成績は下の中くらいであまり人様に見せられるようなものではない。
普段から勉強していればいいのだろうが、そもそも勉強が好きではなく、決まって直前に慌てて一夜漬けするタイプである。
そんな夏樹を見て見ぬふりできないのが小学校時代からの友人、加賀明希(かがあき)である。
土曜日の14時半、近所のファミレスに呼び出されたからパンケーキでも食べるのかと思ってわくわくしていたら、明希は試験範囲を書いた紙と要点をまとめたプリントをテーブルの上に広げたのだ。
頭の中がスイーツでいっぱいだったのは夏樹だけだったようだ。
勿論パンケーキは注文した。
「見ての通りだ」
「……はい」
今日は一夜漬けではどうにもならない数学の勉強をする計画らしい。
ご丁寧にシャープペンシルと消しゴム、計算用のメモ紙まで用意されている。
「夏樹がパンケーキを食べ終わったら図書館にでも移動しよう」
「策士め……」
「お前の成績のためだ。むしろ礼をしろ」
今日に限って時間のかかる系のパンケーキを注文してしまった。
せっかくの明希とのデートなのに勉強だなんて色気もなんにもない。
いや、デートなんて思っているのは夏樹だけだ。
明希のことを意識し始めたのは小学校6年生くらいの頃だ。
もともと整った容姿で美人系の明希は女子からの人気が高かった。
中学校に入ってぐんと背も伸び、同じくらいだった背はすぐに差が広がり、ますます格好良くなって、気を抜いたらうっとりと眺めてしまう。
放課後に女子に呼び出されるというイベントも度々起こす友人は、実は一度も誰とも付き合ったことがない。
硬派なのだろうか、興味がないだけなのか。
どうして断ったのかの尋ねると、毎回決まって興味がないから、と返答される。
もし一蹴されるとしても、夏樹が女だったら間違いなくアタックしている。
多分、しつこいくらいに。
それができないのは男同士故のこと。
「……き、夏樹、おい、聞いているか?」
「んあ?」
しまった、ずっと明希を眺めているだけで何にも聞いていなかった。
今の生返事で全てを察知したようで、明希は大きくため息をついた。
「あのな、夏樹。お前は確かに阿呆だがやればできる子だ。今できないのはその気がないだけだ。オレはそれを知っている」
明希はテーブルに広げていたプリントを横によけた。パンケーキが到着したらしい。
テーブルの上にパンケーキが置かれ、そのいい香りに涎が出そうになる。
「勉強とか、将来何の役に立つんだよ。数学なんてさ、消費税の暗算さえできれば大丈夫だろ、生きていける」
「今困ってるだろう、だから今、問題を解決するために勉強するんだ。将来のことを考えるのは今の問題を打破してからでいい」
正論を言われ何も言い返せなかった。
このパンケーキを食べ終わった後には図書館かどこかに行って勉強漬け。
ああ、憂鬱だ。
「せめて明希の部屋に行きたい。無理。図書館とか無理。ガチすぎる」
「ガチで勉強させてるんだ、こっちは」
「無理無理。行きたーい。明希ちゃんのお部屋行きたーい」
「……。」
明希は紅茶を啜ってからしばらく考え、はあ、と溜息をついた。
「絶対に勉強すると約束しろ」
「え?いいの?」
予想していなかった返事に夏樹はフォークで苺を刺し損ねてしまった。
カツン、と皿に当たる金属音が小さく鳴った。
実は、夏樹の部屋に集まることはあっても明希の部屋には行ったことがない。
何かしらの理由をつけていつも断られるからだ。
「今日は親がいない日だから、構わない」
「お、う」
それはつまり、二人きりになれるということだ。
起こり得ないだろう出来事を僅かにでも期待してしまうあたり、本気で明希が好きなんだなぁ、と思い知らされる。
手をつなぐことくらい、お願いしたらしてくれたりするのだろうか、とか。
「夏樹、あと一口だろ、さっさと食べてしまえ。」
「はい!」
色々考えるのは止めだ。
今日は念願かなって明希の部屋にお邪魔できるのだ、この上ない好イベントではないか。
こんないいイベントが発生するのなら勉強するのだって悪くないな、と最後の一口を頬張りながら夏樹は考えていた。
ともだちにシェアしよう!