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第1話

赤を基調とした薄暗い廊下の両端に、ぼんやり明るいキャンドルが並べられている。 その灯の案内に従って、2つの影が進んでいく。 仮面をかぶった男は、なんともいやらしい目で隣を見つめていた。 それは店内に立ち込めるジャスミンの香のせいなどではなく、隣にいる少年のせいである。 彼は、どんなαの支配欲もを掻き立てる。 生意気そうにきつくつった猫のような2色の瞳は、なんとも加虐心を煽り、 固く結ばれた唇はうっすらと紅がさされ、鳴かせてみたいと思うのに十分なほど恍惚で。 幼い相貌に、大人びた表情。そのギャップが危ない色香を醸し出していた。 そして何より彼から放たれる強烈な香り。ヒートでもないのにここまで多数のαを惹きつける香りを放つ者は稀だ。 「汚らわしい。そのばらばらな色の瞳は、お前にお似合いだ。」 男はそう吐き捨て、少年を蔑む。予約の部屋にたどり着くと、少年の髪を掴んで乱雑にベッドに放り出した。 脱がされるためにあつらえられたような一枚のマントをするりと解くと、まだ大人になりきっていない幼い肢体が顔を出す。 男は前戯も施さずに忌々しいほどにそそり立つ雄を小さな秘孔捩じり込んだ。 生理的に溢れた涙を拭うことも許されず、少年はただじっと、飾り物の窓を見つめていた。 運命は残酷で、平等など存在しない。 家畜同様の自分は今夜このαのもので、明日はまた違うαのものになる。それが両親に旅立たれてからの、Ωの自分の日常だった。 「ああっ…おまえ、最高の締まりだっ…。 おら、声を出せっ。もっと雰囲気を出せよっ」 ハアハアと息を切らしながら、獣のように腰を振っている男は、少年の尻をピシャリと叩く。 そんなに乱暴にされて、痛い以外の感想などない。痛いと叫べば許してくれるのだろうか、と男を睨みつけたくなる。 しかしその時、少年には見えたのだ。男の腕についた、まだ新しい傷跡が。 親指、人差し指、中指、小指の爪跡がある。かなりの力でえぐられたようだ。 見つけた、と、少年は形の良い唇端を片方、バレないように吊り上げる。 「あっ…ぁっ…!気持ちいいっ…!」 そして、とたんに反吐が出そうなほど甘い甘い嬌声を、少年は男が腰を振るたびに出していった。 「…いいっ…。そそるっ…。この、…淫乱がっ… 」 罵詈雑言を吐きながら、何度も何度も男はその白濁を少年の中に吐き出していく。少年の演技は、男には本音に聞こえたらしい。 「ぁっ…、前にっ…寝た子よりっ… ぁっ…気持ちいいっ…?」 3度吐き出され、4度目の途中、少年は唐突にすでに理性など手放している様子の男にそう聞いた。 「…なんだっ…?淫乱獣の分際で妬いてるのかっ…ぁっ…。まあっ…、前に来た時当たったやつは、あんまり締まりが悪いからっ… …首を締めたら、そのまま死んだよっ… あの時の締まりだけはっ…、最高だったな。」 少年の目が、大きく見開かれる。その目にわずかに宿った殺意など、男には気にしている余裕もないだろう。 本気の演技は現実よりはるかに理想に近いのだ。今男はおそらく天国にいる。 興奮に息を切らしながらそう言った男は、4度目の発射のあと流石に疲れたのか行為を終えた。 「お兄さん、気持ちよかったです。また、指名してくれますか?」 少年は彼の信用を勝ち取るため、下手に出た。本当は、前戯もなく捻り混んで4度も出すなど、ただの痛みを伴う行為でしかなかったが。 「ああ、気が向いたらな。」 男は満更でもないように笑う。 「おやすみの前に、子守唄を歌わせていただけますか?」 「…下手だったら殺すぞ。」 殺す、なんて、簡単に言ってくれる。同じ人間という生き物で、交配も可能でありながら、目の前の男と自分はどこで差が出たのだろう。 少年はそんな思いを必死で隠し、すうっと息を吸い込む。 よくとおる澄んだ高音が、美しい旋律を奏でる。歌詞は無く、風と同化して入ってくるような、聞いていてなんとも心地の良い声音。 男は1分と経たずに寝息を立て始めた。行為でのたかぶりのせいか、余程疲れていたのだろう。少年は歌をやめ、静かに彼の首に手をかける。 「さようなら。」 2つの親指が、男の気道を的確に塞いだ。 「ぐはっ…ぅっ…」 数十秒で男はもがき始め、苦しみの声を上げながら失禁した。 少年は男を殺すつもりだった。彼は男が抵抗しても、容易く抑えこめる力を持っている。しかし。 「ごめん、レン。」 少年はそう言って、ショックで意識を失った男から手を離した。そして男の腕の爪痕の傷を、優しく指でなぞっていく。 息はある。もしかしたら多少の麻痺が残るかもしれないが、それも軽いものだろう。 弟の右手には薬指が一本足りない。だから数日前弟を行為の最中に殺したのは、この男で間違いない。 弟の命を奪われた復讐として、少年は男を殺そうとした。けれど、できなかった。 だってどうだろう。 彼を殺したところで弟は帰ってこない。そしてもしかしたら彼にも家族がいて、彼の死を悲しむ人がいるかもしれないのだ。 そんな思考が脳をよぎれば、もうダメだった。殺すと決めたら実行しろと、何度も親に教えられてきたのに。 次の日の朝、少年はおとなしく罰を受けた。 この国において、第2性による階級は絶対だ。 未遂とはいえ、Ωがαに手をかけた罪は、死をもってしても償えない。だから少年に課されたのは、極刑。 そのウイルスを直接注射されれば、身体中から血を吹き苦しみながら、じっくり3日間かけて死ぬという。 恐ろしい病の特効薬は、もちろんある。あるが、Ωであるこの少年に使うことは禁じられている。だからそれは彼が3日かけて苦しみもがきながら死ぬことを意味するのだ。 それでいい、と少年は思った。 殺し屋の両親に育てられ、裏の社会で生きてきた。 両親の死後は兄弟2人、娼館に売られた。 もちろん少年1人ならば逃げ出すこともできたが、弟は右手の薬指と、左足の膝から下がなく、そんな弟を放っておくことはできなかった。 弟がいなくなり、復讐の機会も自らの手で逃した今、自分にもう生きる価値などない。 そう、これでいいのだ。どんなに苦しくても、あと数日で、楽になれる。それなら今まで来た道の方がずっと地獄だった。 身体の表面が熱を持ち始め、次第に痛みを帯びる。 少年に注射を施した男女は、店の路地裏、ゴミ捨て場に彼を放り投げた。 自分に降り注ぐ冷たい液体がなんなのか、目隠しをされているからわからない。 しかし耳をすませばぽつぽつという音が聞こえてきて、今雨が降っているのだと理解する。 臭くて、辛くて、降り注ぐ雨は冷たくて、このまま自ら死ぬことができたらいいのに、拘束された身体はもがくことさえ許されない。 意識を手放せればどんなに楽だったか。後孔に挿れられた玩具のせいで、手放そうとした意識も引き戻されるのだった。 「…君は…」 柔らかな声とともに、ふわり、と花のような良い香りが花を掠めた。 何故だかいきなり身体が熱くなる。それは病のせいではなく、もっと別の火照りで。 「これは… 失礼。」 目隠しをされていて何が起こったのかはわからないが、誰かが自分の体に触れたことはわかる。 その触れられた部分がどうしようもなく熱を帯び、後孔からとろりと蜜が溢れるのがわかった。 こんな状況で、何故だろう。 気づけばその花の香りに包まれていて、どこかへ移動しているのがわかった。 …今、自分はどうなっているのだろうか。自分の状況がまるで把握できない。 しかし自分を包んでいる香りは情欲をそそるとともになんとも心地よく、生ゴミの臭いよりもずっとよかった。 だから、もう、どうでもいい。 玩具もいつのまにか無くなっている。その優しい香りに包まれながら、少年は次第に意識を手放した。

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