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第8話

明るい部屋の中、硬い寝台の上に、アルは動かぬよう固定されている。 4人は上から下まで舐めるようにアルを見回すと、再び舌なめずりをした。 娼館の客には日常的に向けられていた視線だが、そのおぞましい表情に、寒気がする。気持ち悪い。 「なんだこいつ、嫌そうな顔する割には怯えてはないな。」 4人のうち背が低く人相の悪い男が、アルの顎を片手でつかみ、表情を覗き込む。 …アルが彼などに怯えないのは当たり前だ。シャウラにはもっと人相の悪い人がたくさんいたし、娼館で複数のαを相手したことだってあるのだから。 男はアルが表情1つ変えないのを確認すると、つまらなそうに舌打ちした。 「まあまあいいじゃないか。その落ち着き払った顔を歪めたいねぇ。」 つぎは金と黒の混じった色の髪のガラの悪そうな男がニヤニヤといやらしい目でアルを見る。他の2人もまた、その意見に頷いた。 3人目、赤毛の男が、アルのコートに手をかけ、コートを脱がせ、シャツをピンク色の2つの突起が見えるまで捲り上げた。 抵抗はしない。今更見る人が少し増えたからといって、どうでもいい。 「綺麗な色だな。その生意気な瞳とは正反対の、穢れを知らないピンク色だ。」 赤毛の男はアルのその突起をざらついた舌でねっとりと舐め、4人目、青い髪の男がもう片方の突起をじゅるりと下品な音を立てながら吸った。 …気持ち悪い。 嫌悪感に、どうにかなりそうだった。何度も仕事として施されたことのある行為なのに、今は気持ち悪くてたまらない。 彼の残り香がその男たちの汗の匂いで塗り替えられていく。アルは羞恥ではなく、自ら遠ざけた彼の香りが消えていくことが苦しくて、涙をこぼした。 「おっ、泣いてる。やっぱ恥ずかしいのか?かわいいじゃん。」 「生意気そうな瞳に涙なんて、最高にそそるねぇー。」 どうやら彼らはアルの涙の意味を勘違いしているらしい。それならそれで構わないが。 やがてアルの腹部を這うように舐め回す舌が、上から下へと下がっていった。 「なあ、こいつつまんなくね?」 「いや、こういうのを鳴かすのが萌えるんだって。」 抵抗を示すこともなく、かといって愛撫に対し反応することもないアルに、彼らは少しずつ苛立ちを覚えてきている。 「ほら、咥えろ。」 青い髪の男が、ニヤリと微笑みそそり立つ自らのモノをアルの口元に近づけた。 濃厚な雄の臭いが鼻をつき、流石に嫌だと顔をそらすが、それは無駄な抵抗で。 あ、吐く… そのモノが口元に当たった時吐き気がこみ上げてきて、これは本当に吐くやつだとわかった頃にはすでに激しい嘔吐を繰り返していた。 吐瀉物が男の昂りを濡らす。 どんなに深く息を吸い込んでもひどい胸焼けが収まらず、生理的に漏れた涙がほおを伝った。 苦しい。 ごほごほと咳き込むと、目の前の男は興醒めしたようにまだ落ち着いていないアルを抱え、外に放り出した。激しい拒絶に熱を帯びた身体は、冷たい雪に埋もれ濡らされていく。 せめてコートくらい、返して欲しかった。薄手のシャツではこの気温には耐えられない。バッグも結局返されていない。 「あー、なんかめんどくせー。」 「おえ、きたねー」 「俺も冷めたわ。」 ため息交じりの声が中から聞こえる。 やがて咳も胸焼けも落ち着いてきて、頭がぼうっとした。 このまま凍死するのも悪くない。アルはそう思い、目を閉じようとするが、突然近づいてきた気配に、小さな頃培った勘が警告を鳴らした。 さっと立ち上がり目の前を見ると、そこにいたのは、顔だけみれば優しそうながっしりとした体型の男で。 「いい反応だ。お前、うちで働くか?」 ニカッと笑った彼のうなじには歯型がついており、ごく稀にいる、αと番ったΩであることがみてとれる。そしてにこにこと優しそうに笑う表情の裏から、裏社会の人間の気配がした。 …ここまできてそんな社会に関わるなんて、ごめんだと思う。シャウラに入ったらとっとと命を絶つつもりなのに。 「…結構で「やめたくなったらやめていいから自殺する気がなくなるまでは働け。」 彼はアルの言葉を途中で遮り、強くそういった。アルは驚いて目を見張る。なぜそんなことがわかるのだろう。 「わかるさ。お前が死のうとしてることくらい。昔の俺と同じ目だ。死にたい、じゃなくて死ななきゃ、っていう目。 Ωには生きにくい世界。死のうと思って死ぬことなんてない。俺と一緒に来い。」 その言葉を聞いて、さらに驚く。自分は生きたかったのかと、そんなことにさえ言われるまでは気づかなかった。ただ、それでも裏社会で手を血に染めるような生き方はしたくない。 「大丈夫、俺たちの仕事はお前の思ってるようなもんじゃない。 人を守る仕事だ。それなら意味だって見いだせるだろ?」 伸ばされた手に、アルはためらいがちに触れた。怖くない、温かな手。それでも、すぐに引っ込めてしまう。 だって自分に守る仕事なんて、できるわけがない。 「俺は、αの首を絞め、殺そうとしました。それで極刑にかけられたんです。 本当は、生きていてはいけない。」 男はじっとアルを見た。怒っている風ではないし、罪人を軽蔑してるふうでもない。ただ、観察している風に。 「…理由は?」 「そんなこと、答えてどうするんです?」 理由なんて関係ない。ただ罪が残るだけだ。 そう思ったから、アルは彼に問い返す。しかし彼はアルの引っ込められた手を取り、強く握った。 どうして。 「そうだ。理由は関係ない。でも、それを言い訳にしないから、お前がもう2度とそうしないことはわかる。 それに、誰かを傷つけて死ぬなんて無責任な話だな。誰かを傷つけた罪は、誰かを守ることで償え。」 …反省している証。そうかもしれない。それに確かに、死んだから償える、というわけではないのかもしれない。 「…向いていなかったら、辞めさせてください。」 「そういうことは、働いてみてからいうことだ。 …お前、名前と年齢は?」 「…名前はアル。15歳。」 アランからもらった名を使っていいのか悩んだが、もう2度と会うこともないのなら、まあいいかとその名を答えた。 「じゃあアル、来い。」 車に揺られながら、男がここにいた理由について聞いてみた。どうやらアトライアの方で依頼があった帰りらしい。拠点はシャウラにあるようだ。 車がアトライアからシャウラへと抜けるゲートを通過していく。ここを通れば、きっともうアランとは2度と会えないだろうと、少し寂しい気持ちになった。 …それでいい。アルは結局この先も生きるだろう。彼もまた、生きて、幸せになってほしい。 この無機質なゲートは夢と現実の境目なのだろうと、アルにはそんな気がした。

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