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第13話

「ねえ、運命の番って知ってる?」 朝食の用意をしながら唐突にロルフが尋ねてきた問に、アルは素直に知らないと答えた。 「出会った途端に強烈に惹かれ合うαとΩの関係のこと。 ヨルさんとエレンさんがそうなんだって。僕、2人を見るまでは迷信だと思ってたんだけど。」 聞いてもいないのに、ロルフは嬉々として語りだす。 「またその話か。 …ふぁ…。まあ、まず会うことはないだろ…。」 面倒臭そうにあくびをしたカイは、怠そうにロルフのことばを否定する。 しかし、アルにはその人物に、心当たりがあった。 出会った途端、強烈に惹かれ会う。そんな人を、自分は知っている。 花のような甘やかな香りに惹きつけられてたまらなかった。その香が鼻をかすめるたびに身体が熱くなり、彼と過ごして初めて、快楽を知って。 運命、か。 そんな言葉に支配される関係ならば、きっと悲しいものなのだろう。運命は多くの場合アルに優しくない。 「アル?どうしたの?顔色悪いよ?」 「…ああ、ちょっと寝不足で。」 嘘だった。昨日は依頼で疲れていて、ぐっすりと眠ったのだから。 「色々やっておくから、もう少し寝とけ。」 「ああ、…ありがとう。」 カイに勧められてベッドに入ると、アルはぎゅうっと布団を抱きしめた。 いつものことだ。 彼と過ごした日々はもうずっと前に終わったのに、少し彼のことを考えるだけで胸が締め付けられるように痛む。 きっと何をしても満たされることのないこの空虚を、無機質な布団を抱きしめることでなんとか抑えようとした。 苦しい。もういっそ、忘れてしまえればいいと思うほどに。 「くっ…ふぅ… 」 絶対に嗚咽が漏れることのないように、思いっきり顔を押し付けた。息が苦しい。 離れようと決めたのは自分なのだ。それで泣くなんて、どうかしている。 自分のことを忌み嫌っていた弟を失った時に覚えたのは怒りと復讐心で、もう一度会いたいと懇願する苦しさなどなかった。薄情かもしれないが。 ここにくるまで、こんな痛み知らなかった。身体の痛みには慣れきっていたはずなのに、それとは全く違う。 体の痛みより、ずっと、痛い… 「おはよ… て、目、真っ赤!!今日は依頼はないよね?ヨルさんに言っておくから、訓練少し送らせてもらおうよ。」 「いや、いいっ「無理は良くない。俺からも言っておく。それにその顔、いくらなんでもひどすぎる。」 全く2人とも世話焼きだ。しかも、本当は寝不足などではなくてただのアルの気持ちの問題で。 しかし鏡に映った自分の目は、片目が水色、片目が金、白目の部分が真っ赤という、酷い有様だった。 「「じゃあ、俺たちは行ってくる。」 ゆっくりと目を洗い、布でくるんだ保冷剤をまぶたに当てながら朝食を摂る。 少し冷めたトーストも、フルーツソースの入ったヨーグルトも、サラダも、 美味しいはずなのに、なんの味もしなくて。 静かな室内にぽつぽつと雨音が響く。 どんよりとした窓の空を横目に、アルは長い長いため息をついた。

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