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第14話

ヒートが感染る、という現象が稀に起こる。なんらかの要因でヒート中のΩのフェロモンに多人数のΩが反応し、ヒートが誘発される。 滅多にないことだが、現在デネボラの内部はその事態に振り回されていた。 現在組織員の約3分の1がヒートに陥っていて、ヒート中に働くことができる人など(アルを除いて)いないから、組織内は深刻な人員不足に陥っている。 ちなみに今アルは2週間前にヒートが終わったところで、ここからヒートになる可能性はほぼゼロだ。 「すまない、アル。お前にはもう少し安全な仕事を回したかったが、今回ばかりは… 」 深刻そうに眉をひそめたヨルに、アルは苦笑いする。俺はあなたの子供ですかと聞きたくなるくらいに過保護だ。 「大丈夫です。もう3年目ですよ。」 そう、もうこの仕事に就いて3年近くになる。今年で18になり、後輩も何人かできた。 しっかりとそう言い放ったアルに、言ってくれるじゃないか、とヨルは笑いかける。…と同時にいきなり何か質量のあるものが飛んできた。 反射的に受け取ると、それはかなり厚い紙の束。 「頼もしいな。これが資料だ。 …今回の件は、俺とヴィクターも任務につくが、お前に気を配れるかというと、多分その余裕はない。」 ヨルの言葉に、背筋が凍りついた気がした。 ヴィクター・ファーニバル。組織の中で最も優秀とされるボディーガードだ。そして組織のトップ、ヨル。 その2人が同時に派遣され、なおかつ自分の仕事に手一杯だなんて、どんな修羅場なのだろう。 アルは受け取った資料に自分の手汗がじっとりと染み込んでいくのを感じた。 「警護対象は2人。お前にはそのうち1人についてもらう。 俺は周りに注意を払わなくちゃならなくて。今回相手側にいる組織がちょっと厄介でな…。 また、何かあったら遠慮なく聞いてくれ。」 「わかりました。」 そのまま最上階のヨルの執務室を後にしたアルは、自室へと戻るべくエレベーターに乗った。一年前から与えられた個室だ。 デスクに向かって渡された資料に目を通していく。 依頼に関しては簡単な情報しか与えられない場合が多いが、今回の件はそうでもなさそうだ。 かなり詳細に依頼人に関しての情報や、警護が必要な経緯などが綴られている。 依頼人であるジャック・ヴァーノンはエレンの旧友で、βの研究施設で働いている。 警護対象はジャックに加え、ルシアン・ターナーと名乗る彼の同僚のβ。 どうやら大きな学会での発表があるらしく、その学会に赴き、発表が終わるまでの1週間、警護に当たってほしいという依頼だ。 今までアルがついた任務で最長のものは3日。1週間なんてだいぶ長い。よく考えて行動する必要がある。 パラパラと分厚い資料を読んでいき、最後の方のとあるページで手を止め、アルは大きく目を見開いた。 そのページには付箋で、「今回の件になんか関係してそうだから、一応目を通しておいてくれ」と書いてある。 その資料は、ある人物が絡んだ四年前の事件に関するものだった。 天才研究医、アラン・クロフォード。公にはされていないが、彼はある日謎の死を遂げ、その遺体は未だ見つかっていないらしい。 驚いたアルはその記事を見て、隣のパソコンで彼について検索をかける。今自分が考えていることが勘違いであってほしいと願いながら。 エンターを押して、結果を待つ。3秒とかからない表示されるまでの時間が、やけに長く感じられて。 表示された画面を見て、アルはごくりと息を飲む。 結果として、彼はやはり3年半前にアルを助けた人と同一人物だった。 彼が今回の件にどう関係してくるのか、それはわからない。これは断った方がいい案件かもしれないとさえ思った。 でも。 胸が締め付けられるほどに疼く。恐怖からではなく、その感情は紛れもなく会えるかもしれないという期待を含んでいて。 本当にどうしようもない。 少し頭がおかしくなっているのかもしれないと、20分の仮眠をとった後再び考えても、出てきた答えは同じだった。

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